ビタージャムメモリ

「その編集長って、いくつなわけ、既婚?」

「奥さんいる、部長が言うには、たぶん50歳手前だろうって」

「じゃあ巧先生とも違うか」

「早絵はあのバーテンさんと、うまくいってるの?」

「今度旅行に行こうって話してる」

「えー!」



旅行って…旅行って!

ようやく見つけたペンを床から拾い上げながら、大きな声を出してしまった。



「向こうも仕事がああいう感じだからさ、普通に会おうって言っても、なかなか難しいんだよね」

「そうだよね、完全に昼夜逆転だもんね」

「だから、まとまった休みを取れる時にって」



早絵がちょっと恥ずかしそうに、いたずらっぽく笑う。

うわあ。



「…なんで弓生が赤くなるわけ?」

「いきなり旅行とか言うから…」

「いくらなんでも初心すぎでしょ、そっちはどうなってるの」

「今度話す」



私的に、昼間のカフェで慌ただしく話せるような内容じゃない。

何かあったと察したのか、早絵が眉を上げた。



「彼ともやっと直接連絡取れるようになったから、クラブに通う必要もなくなるかな、これまでつきあってくれてありがとね」

「あ…そうなの?」

「あの生意気なボーイに会いたいなら、つきあうけど」

「えっ、いや…それは、大丈夫、うん、たぶん」

「何その微妙な反応」



追及の眼差しから目をそらし、今度話す、と私はもう一度言った。



会社帰り、数駅足を伸ばして百貨店や駅ビルをうろついた。

結局何にするかは決めきれておらず、候補になりそうなフロアを念入りに見て回る。

このお土産に先方との今後の関係がかかっている、とまでは考えないけれど、気の利いたものを渡せばプラスになる可能性はある。

そうこうしているうち、携帯に代理店さんから連絡が入った。



『追いかけてしまってすみません、先週のお打ち合わせで香野さんがおっしゃっていたアドバイザーが見つかりましたよ』

「わあ、ほんとですか、ありがとうございます」

『ただ、この方に入っていただくと、これまでお出ししたお見積りより、ちょっと増える可能性が』

「あっ、そうか…当然ですよね」


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