ビタージャムメモリ
同意を求められた先生は、私のほうを見もせずに、そうですね、とそっけなくうなずいた。


胸が張り裂けそうになった。

先生、覚えてませんか。

何年も前に、同じ会話を、学生のひとりと交わしたことを。



「それで、営業の後は?」

「今と同じ、開発のほうに配属されまして、当時はまだ先行技術という扱いだった、電子頭脳系の開発を」

「その経験が今に生きているわけですか」

「ええ、単純に言ってしまえば」



経済紙のライターさんは、もしかしたら技術系の人にインタビューする機会が珍しいのかもしれない。

すっかり興味を惹かれたようで、技術のことから先生自身のことまで、根掘り葉掘り探りを入れてくる。

辛抱強くそれに答える先生を見ながら、改めて疑問が湧いた。


先生は新卒で、この会社に入ってる。

教職から移ってきたわけでも、途中で離職したり、アカデミックな業務を受け持ったりしたわけでもない。


私の大学にいた、あの期間はなんだったんだろう?






「よかったじゃん、ひとまず難を逃れたんでしょ」

「そういうことになるのかな…」



混雑したクラブのフロアを、目的もなく歩く。

暗がりの中、ステージのライトが思い出したようにフロアにも降り注ぎ、ピンクや紫のドットを作る。



「どうよ、やっぱり素敵だった?」

「もう、緊張して、それどころじゃ…」

「"氷"ってねえ」



どれだけ冷たいのよ、と早絵が笑った。

私は、そのあだ名もわからなくもない、と嘆息する。


彼のグループはこれまで、会社からスポイルされていたようなものだ。

実現できたらラッキー、くらいの無責任な期待のもとに、一部署をぽいと任されて。

それでも自分の研究が必ず人のためになると信じて、会社が出し渋る予算をねじ取り、チームメンバーを鼓舞し、ついに発表にまで至らせた。

< 9 / 223 >

この作品をシェア

pagetop