うそつきハムスターの恋人
外が暗いと思っていたら、いつのまにかまた雨が降りだしていたみたいだ。

「終わりそう?」

喜多さんが心配そうに私のパソコンを見て聞いた。

「はい、もうちょっとで終わりますから。あとは大丈夫です。お手数かけました」

先に退社していたり、出張や会議だったりで、ニ課には他に誰も残っていない。
加地くんも今日は先輩に同行して出先から直帰したみたいだ。

「よし、じゃあ私帰るね。今日デートなんだ。例の病弱なバンドマンの彼氏と」

喜多さんは私のデスクにキャラメルをひとつ置くと、「お先に」と部署を出た。

節電のために薄暗くなったオフィスで私はひとりパソコンと向き合う。
品番と個数を間違って入力するという、単純なミスをしてしまった。
こんなこと、きちんと確認していれば防げたミスだけに悔しくて情けない。

「向いてない……」

メイズはとても好きだけど、営業とか事務とか私には向いていない。
私は本当は……。

「ためだ。やらなくちゃ」

時計を見ると九時を過ぎている。
夏生はもう帰っているかもしれない。

「……まだ仕事してんの?」

急にぶっきらぼうな声がして、はっと振り返ると部署の入口のドアにもたれて夏生が立っていた。

「なに?」

「しずく、傘持ってないだろ。待ってるから早く終わらせろよ」

「いいよ、待ってなくて。私、走って帰るから」

こんな偽物の彼女をわざわざ迎えになんて来なくても、もう誰も見ていないのに。
そんなにもこの人は好感度が大事なのだろうか。
再び、パソコンに向き合うとデータの打ち直しを続ける。

「なんだよ、かわいくない。コンパの誘いも断ってきたのに、なにその態度」

「別に断ってくれなくてもいいのに。私、本当の彼女じゃないんだから。今からでも行ってきたら? みんなきっと待ってるよ」

どうせ、みんなすぐに飽きると思ってる。
こんなあか抜けない子と、かっこよくて人気者の水嶋夏生は不釣り合いだってみんな思ってる。

悔しい。

「……わかったよ。じゃあ、コンパ行ってくる」

夏生はトゲのある声でそう言うと、隣の喜多さんのデスクの上に傘とメイズの紙袋を置いて大股で出ていった。

「ばっかじゃないの、あの人」

パソコンを見つめたまま、つぶやいた。

傘なしでどうするつもり?
彼女がいるのにコンパに来るなんて、自分があれほど大事にしている好感度が急降下するってわかんないの?

そっとメイズの紙袋を手に取る。
中にはラズベリーのスコーンがふたつ入っていた。

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