うそつきハムスターの恋人
「ごめんね。加地くん」

隣を歩く加地くんを見上げて謝ると、加地くんは、いいよとふんわり微笑んだ。

「満席だったもんな。待ってたら昼休み終わっちゃうし。また今度いこ。今日はメイズでなんか買って二課で食べよっか」

そうだね、と私は返して足を早めた。

無農薬野菜の店は満席で、さらに待っているお客さんが五組もいた。
私たちはあきらめて会社のビルに戻り、一階のメイズに入る。

自動ドアが開いて店内に入ると、列の最後尾に見慣れた後ろ姿を見つけた。

夏生だ。

午前中会わなかっただけなのに、三日間ずっと一緒にいたせいか、なんだか久しぶりに会った気分になった。
思いがけず胸が弾んで、気がつけば声をかけていた。

「夏生!」

振り向いた夏生は、私を見て「でっかい声だな」とあきれたように笑う。

「しずく、今から昼?」

「うん」

「俺も。一緒に食おっか」

しずくなにする?と聞かれて私は焦った。

「夏生、ごめん。今日は加地くんと先に約束してるの」

夏生は、え?と辺りに目をやり、その時初めて加地くんの存在に気が付いたようだ。

「しずくの同僚、だっけ?」

「あ、はい。本当は他の店に行くつもりだったんですけど」

聞かれてもいないのに、なぜか加地くんはにっこり笑って、そんなことまで答える。

夏生がほんの少し眉にしわを寄せた。

「……ふぅん」

「なにか?」

加地くんが挑むような言い方をした。

「別に」

夏生はものすごく不機嫌になってるし、加地くんはいつもとまるで雰囲気が違う。
不穏な空気を感じて、私はあのぉとか、えっととか言いながら、ふたりを交互を見上げた。

「三人で食べる、っていうのはどうかな?」

妥協案を出したのに、ふたりはしばらくなんにも言わずに私を見ていた。

「……先に約束してたんなら、今日はそいつと食べたら?」

しばらくして口を開いたのは夏生だった。

「そうします」

加地くんはいつものようににっこりと笑うと「いこっか」と私を促してレジに向かう。

「大澤さんはいつものカフェラテとホットサンドにするの?」

私がうなづくと、加地くんは「俺はなんにしよーかなぁ」とのんびり歌うように言った。

「加地くんって言ったっけ?」

夏生が呼び止めた。

「はい」

「しずくは俺の彼女だから」

「はい。わかってます」

加地くんはふんわりとそう言って再びレジに向かう。

夏生は私が声をかける間もなく、大股でメイズを出ていってしまった。
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