うそつきハムスターの恋人
「……大丈夫なの?」

宮下さんを乗せたタクシーを見送りながら、私がたずねると、夏生は「いつものことだから」と笑って答えた。

夏生が電話から戻ったあと、日本酒を飲み始めた宮下さんは三十分後にはこっくりこっくりしだした。
夏生は慣れた様子で宮下さんを叩き起こすと、店の前まで歩かせてタクシーに放り込み、宮下さんのマンション名を運転手さんに告げるとタクシーから離れた。

泥酔した宮下さんを乗せたタクシーのテールランプが見えなくなると、 夏生は一仕事を終えたという顔で振り返る。

「さて、帰ろっか」

いつものことなら、大丈夫か。

アルコールでふわふわしているせいか、夏生に手を握られて歩き始めると、なんだかそんな気がしてくる。

「あー、星がきれい」

空を見上げて夏生がつぶやく。

いつもはひんやりしてる夏生の手のひらが、今は温かい。

飲んだ日の夜、こうして夜空を見上げて歩くのが私は好きだ。
なんだか自由でなんでもできる気がするから。

「あのね」

東の空の複数の星を、見えない線で結んで星座にしながら歩いていたら、私の口からするりと言葉がこぼれた。

「こないだ、嘘つきって言ってごめんね」

夏生が驚いた顔で私を見ていることに気づいたけど、私は知らないふりをして、空を見上げたまま続けた。

「あと、大嫌いって言ってごめん」

あれは、嘘だから。
とは言えないけど。

夏生が立ち止まった。
私も足を止めて夏生を見上げると、夏生はすごく優しい顔をしていて。

初めて会ったときは、しかめっ面してたなぁと思い出したあとで、骨折してたんだから当たり前だよねっておかしくて。

骨折が治ったら、こんな顔をもう見れなくなるのかなぁなんて思ったら、今度は泣けてきて。

「……笑ったり泣いたり。しずく、酔っぱらってるだろ」

夏生は困ったように眉を下げて笑った。
そっと手を離すと、私の涙を親指で拭ってから、頭をよしよしとなでてくれる。

「酔っぱらってるもーん」

私は酔ってる振りをして、自分から夏生の手を取ると、繋いだ手を大きく振って歩いた。

「しずく」

「なぁに?」

「土曜日、デートしようか?」

静かな声で夏生が言った。

星空の中に下弦の月がぽっかり浮かんでいるのが見える。

次にこの半分の月が空に浮かぶ時には、夏生のギプスはもう取れていて、私はこの人の隣にいないんだと気づいた。

「いいよ」

それならば。
夏生のギプスがずっと取れなければいいのにと願った。





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