うそつきハムスターの恋人
秋には秋らしく
目が覚めてカーテンの外がまだ暗いことに気がついた時は、思わず苦笑してしまった。
土曜日の早朝、私は布団の中で自分にあきれる。
こんなに早く起きるなんて、私は遠足を楽しみにしている小学生みたい。
たかだか、デートに誘われたくらいで。

そっと隣を目をやると、夏生が穏やかな寝息をたてて、とても気持ち良さそうに寝ていた。

職場にいる時の、クールできりっとしている夏生と、家の中にいる時の夏生は全然違う。

寝癖でちょっとはねた後ろ髪とか、だらっと着たパーカーとか、歯ブラシしながらあくびするところとか。
布団乾燥機をかけたばかりの布団に、足だけ突っ込んで雑誌を読む姿とか、少し恥ずかしそうに「ただいま」って言う時の声とか。

仕事をテキパキこなす姿を見る人はたくさんいても、こんな姿を見れるのは私だけなんだなと思い、甘い優越感に浸った。

突然、夏生がごろんと寝返りを打って、布団から片足を出すと、そのまま私の足の上に乗せてきた。
夏生の顔がさっきよりも近くなって、胸がドキドキした。

本当に寝相が悪いんだから。
それでも、私は足をどかさず、そのまま夏生の体重を受け止めて寝顔を見つめていた。

いつもは前髪でかくれているおでこが見えている。
適度に整えられたしゅっとした眉。
私よりも長いんじゃないかと思う睫毛。
閉じていても二重の線がくっきりきれいに入っている瞼。
すーっと筋が通った鼻。
潤ったピンクの薄い唇。

やっぱりきれいな顔だな。

初めて会った時も、涙袋がやけにセクシーな人だと思ったっけ。
そんなことを思い出しながら、心の中で指折り数えてみる。

か、すい、もく、きん、ど、にち、げつ……。
か、すい、もく、きん、ど、にち、げつ……。

そっか。
私がここに来て十九日が経つんだ。

夏生の怪我は全治一ヶ月。
だから、私がここにいるのもあと少し。
あと少しで私は私の部屋に帰る。

ふと自分の部屋を頭の中で思い浮かべてみた。
冷蔵庫の中には何が入ってたっけ?
本棚には何の本を並べていたっけ?
少し留守にしているだけなのに、ぼんやりとしか思い出せなくて驚いた。
冷蔵庫も本棚も、思い出そうとしたら、夏生の部屋のそれが浮かんでしまう。

だんだん、部屋の中が明るくなってきて、夏生のきれいな寝顔を照らす。

その様子を私はじっと見つめていた。

一瞬も見逃さないように。
甘い優越感と幸福感と、ほんの少しの心寂しさの中で。

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