うそつきハムスターの恋人
「お、なかなかやるじゃん」

冷蔵庫にはあまり食材は入っていなかった。
ビールとか栄養ドリンクとかチーズとか。

それでも、残っていた卵と冷凍庫で見つけた挽き肉で二色丼を作り、スプーンを添えて出すと、水嶋さんは左手で器用に食べ始めた。

私も一緒に食べながら、ちょっと失敗、と心の中で呟く。
お醤油やお砂糖の場所がわからなくて、そのつど聞いていたから、少し味付けが濃くなってしまった。

だけど、水嶋さんは「うまい」と喜んでくれている。
よっぽどお腹が空いていただけかもしれないけど、素直に嬉しい。

食べながら、私はいろいろ質問をした。

水嶋さんは思った通り、二十五歳。
大学を卒業後、メイズに就職。
直営店で二年間店長をしたのち、去年フランチャイズのオーナーや店長に経営指導をするスーパーバイザーになったという。

ちなみに、直営店とはメイズが直接経営している店舗で、フランチャイズはメイズと事業契約をしたオーナーが経営している店舗のことだ。

「スーパーバイザーって、毎月店にチェックシートをつけに来る、あの目付きの悪い人ですよね?」

「目付きが悪くて悪かったな」

「あ、いえ……。水嶋さんがというわけではなくて……」

「まぁ確かにさ、スタッフの接客態度とか商品の完成度とか店の清潔さに点数をつけに行ってるんだから、怖い顔になってる自覚はあるけど……つうか大澤、営業なのによくそんなこと知ってるよな」

私のいる広域営業ニ課は、コンビニエンスストアやスーパーマーケット向けに、メイズのプライベートブランド商品の企画営業を担当している部署だ。
私はまだ一年目の新人だから、今は営業事務や他の社員のサポートをしている。

店舗運営には関わりのない部署なので、不思議に思ったのだろう。
水嶋さんは、食べる手を止めて私を見つめる。

「……えっと、大学の時に、ちょっとメイズでバイトをしていたので……」

答えながら、内心しまったなぁ、と悔やむ。
自分からこの話題をふっておきながら、どうかこの話が早く終わりますようにと願っていた。

『じゃあどうして店舗運営の方に希望を出さなかったの?』

面接の時にも当たり前のようにされたこの質問に答えるたびに、私の心はちくり、と痛む。
気付かないうちにできていた指先の切り傷みたいに。

「へぇ。そうなんだ」

そっと顔を上げると、水嶋さんは再び二色丼をスプーンですくって食べていた。
よかった、深く聞かれなくて。
私は気付かないようにそっと息をはく。

いつも何時に起きて、何時に家を出るのか。帰ってくるのは何時ごろか。
嫌いな食べ物はないか、洗濯物はどこになおせばいいのか。
私の質問に、水嶋さんはたまに手をとめながら、丁寧に答えてくれた。

それから、私たちは一ヶ月の共同生活のルールも決めた。

私がするのは、ご飯の支度と、洗濯物。
掃除は空いてる人がすること。
お休みの日はお互いに自由に過ごすこと。
時間があれば、私は一人で出掛けてもいいし、なにをして過ごしてもいい。

「今さらだけど、大澤、彼氏とかいないよな?」

「まぁ……はい。いません」

「そりゃあ、そうだよな。いたらこんなことできないよな」

だけと安心しろ、と水嶋さんは笑いながら続けた。

「俺、右腕こんなんだし、大澤に指一本ふれないから」

なにかあったらあの右腕を狙えば大丈夫。
私はにっこり微笑んだ。

< 7 / 110 >

この作品をシェア

pagetop