うそつきハムスターの恋人
ギブス
その二日後の火曜日、私と夏生は整形外科外来に来ていた。
骨折後の受診はこれで三度目。
医者とも看護師さんとも、すっかり顔馴染みになった。

医者はさっきからずっとレントゲン写真を無言で見つめている。

『この間が嫌なんだよね』

私は夏生と顔を見合わせて無言の会話をする。

しばらくレントゲン写真を注視したあと、医者はくるりと椅子を回して、私と夏生の顔を見た。

「ギブス、外しましょう」

「えっ!?」

私と夏生の声が見事にはまり、そのせいなのか、医者は、はははと楽しそうに笑った。

「これ以上、ギブスしてると関節が固まっちゃうしね。骨もくっついてるし、予定よりちょっと早いけど、そろそろ外しちゃおう」

医者は言い、パソコンに向かうとカタカタと文字を入力しはじめる。

「……外すんだって」

夏生の顔を見ると、夏生は「まじか」とつぶやいて、自分の右腕を見下ろした。

「思ってたよりも骨の形成が早かった。やっぱり若いね。右腕が使えないと不便でしょう? なるべく早く……金曜日はどう?」

「あ、はい。……お願いします」

「ギブスが外れてもリハビリがあるからね。痛いかもしれないけど、がんばって」

「……はい」

私も夏生もギブスがこんなに早く外れるとは思ってもいなかったので、なんだか状況がよく飲み込めないまま、上の空で返事をして、診察室をでた。

「金曜日だって」

病院からの帰り道、私が夏生を見上げて言うと、夏生はうん、とぼんやり答えた。

私の方をちらりと見て、空を見上げ、そのあとでもう一度私の方を見る。

「よかったね。予定よりも早く外れて」

夏生はまたうん、とぼんやり答える。

「ずっと不便だったもんね。本当によかったね」

強がりでもなんでもなく、心から私はそう思った。
少し前なら、ギブスが早く外れることに、がっかりして泣きたくもなっていたかもしれない。
だけど、私の心はもう決まっていた。

ギブスが取れても一緒にいたい、ってちゃんと伝えるんだ。

夏生はなんて答えるだろう。
びっくりするかな。
一緒にいよう、って言ってくれるかな……。

その時のことを考えると、急に胸の鼓動が早くなった。
胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。

しばらくふたりとも黙って歩いた。
夏生は夜空と自分のギブスを交互に見て、たまに長いため息をつく。
意外と怖がりの夏生は、ギブスが外れたあとのリハビリに怯えているのかもしれない。

「ギブスが外れたら、なにがしたい?」

沈黙に耐えかねて私が聞くと、夏生は「え? なに?」と聞き返す。

「ギブスが取られたら、一番になにがしたい?」

「ええーっと。……そうだな」

夏生はしばらく考え込んだ。

「いろいろあるけど……一番最初にしたいのは……」

「なに?」

言葉の続きをうながすと、夏生は「……やっぱり外れるまではわからないな」とはぐらかした。

家に帰ってからも、夏生はほとんど話さなかった。
ぼんやりしたり、天井をみつめたり、ため息をついたり。

私が話しかけても上の空で、ああ、とかうん、とかそんな返事ばかりだった。

そして、私がギブスの話をすればするほど、夏生はぶっきらぼうな返事を返すのだった。


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