うそつきハムスターの恋人
喜多さんは駅までの道を黙々と歩いた。
街を歩く人々は、明日のお休みに浮かれているように見えた。
あちこちにサンタさんやトナカイの電飾が瞬いているのを見て、もうそんな季節か、とぼんやり思う。

喜多さんは海鮮居酒屋と書かれたお店の前で足を止めると、無言でのれんをくぐった。
大きな水槽にたくさんの魚が泳いでいるのが見える。

「いらっしゃませぃ」

お揃いの黒いTシャツを着た店員さんたちが声を揃えて言う。

通された個室で、私は加地くんの右隣に座った。
喜多さんは私の真正面の席に腰掛ける。
加地くんが差し出したドリンクのメニューを受け取りもせず、喜多さんは「私、生ビール」と言っただけだった。

フードのメニューも開こうとしない喜多さんに代わって、加地くんが適当に注文をしてくれた。

店員さんがビールのジョッキを三つと、お通しを置いて出て行くと、喜多さんは「ま、飲もうか」とつぶやくように言って、乾杯もせずにビールを一気に半分ほど飲む。

「……別れたってほんと?」

ジョッキを置いた喜多さんは、目を伏せたまま小さな声でたずねた。

隣で加地くんが私を見ているのがわかった。

「はい」

黙っていてすみませんと続けようとしたら、喜多さんが突然テーブルに突っ伏した。

「ど、どうされました?」

加地くんがあわてて、腰を浮かせる。

「なんなの。それ。水嶋のやつ……」

喜多さんは小さな声で言って顔を上げた。
とてもとても悲しそうな顔だった。

誰かに似てると思った。
そうだ、宮下さんもこんな顔をしていた。

怒ってたんじゃない。
私が落ち込んでると思って心配してくれてたんだ……。

「大事にするって言ったくせに」

搾り出すような声でそう言うと、喜多さんは残っているビールを一気飲みして「おかわり」と加地くんに命令する。

はいと素直に返事して、店員さんを呼ぶ加地くんが、まるで本当に桃太郎のお供の犬みたいで、こんな状況なのに少し和む。

「大澤も加地も。今日は飲むわよ」

喜多さんは二杯目のビールのジョッキを私と加地くんのジョッキにあてると、高らかに宣言した。



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