才川夫妻の恋愛事情
私が抱えていた段ボールをひょいと奪って、才川くんはくるりと回れ右をして二課へと向かう。背広の後ろ姿。家で何度近くに見たってずっと遠いものだと思っていた。働いている彼の姿が素敵だと人伝に聴いても、絶対に目で追わないように自分を言い聞かせてきた。
「……あ、の」
自分で運びます、と言うより早く彼が言う。背を向けたまま。
「同じ課なんて驚いた」
「……どの口が」
小さな声で漏らすと軽く振り返って目と口元が笑う。あぁほらやっぱり。内示が出た夜に、自分だけこうなることを知ってて黙ってたんだ。確信犯。ほんとに性格が悪いったらない。
「ちなみに、俺たち席隣らしいよ」
「……え?」
「よろしく、花村さん」
「……はぁ。よろしくお願いします……?」
才川くんは私の新しいデスクに段ボールを下ろし、見たことないような爽やかな笑顔を私に向けた。
(くっ)
(癖になりそう……!)
家でのドライな対応にすっかり慣れてしまっていた私は最初、彼の社内用営業スマイルにもときめいてしまったのです。
後から異動先の部長に話を聴くと、席が隣になっただけでなく、私は才川くんをメインで補佐するようにとのお達し。何でも彼には異動を機に、三年目と思えないほどの仕事の負荷をかけて成長させようというのがこの異動の狙いの一つだったそうで。実際に才川くんはテレビにWEB、新聞と多岐にわたって広告展開をするクライアントの担当になった。そしてそこから始まったのは甘い甘い結婚生活……なんてことも勿論なくて、めくるめく深夜残業の日々が始まるわけですが。
閑話休題。
私は彼の隣の席に座り、彼の補佐として就くこととなりました。