グリッタリング・グリーン
だからもう帰るね、と話が終わってしまいそうになったので、あの、と呼びかける。

よく意味がわかりません、葉さん。



「今どちらですか」

『生方んちの前』

「はっ?」

『そうなるでしょ、やっぱりいいよ、またね』



電話を切られてしまったので、ベランダに飛び出した。

3階の高さから、マンションの前の通りが見おろせる。



「葉さん!」



細い路地を挟んで向かいにある、小さなコンビニの前から立ち去ろうとしていた人影が、振り向いた。

私を見つけると、ふわっと笑顔になって、すぐになぜか慌てたようにうしろを振り返る。



「葉さん、よかったら上がってください」



まだちょっと、外に出るには体調に自信がない。

部屋を一瞬で片付ける段取りを頭で追いながら呼びかけると、葉さんは戸惑ったように、うん…と見上げてきた。



「あっ、お急ぎでしたら、無理にとは」

「いや、それは全然、平気なんだけど、会いたくて来たんだし」

「3階の、エレベーターを降りて左手のつきあたりです」

「うん、行くけど」



言葉のわりに、同じ場所に佇んだまま、葉さんがためらいがちに言った。



「俺が着くまでに、服着ててくれる?」






お互い目を合わせられなかった。

葉さんが、お邪魔しますと小さくつぶやいてワンルームの極小玄関を上がる。



「失礼しました、みっともない姿を…」

「いや、残念ながらタオルでほとんど見えなかったし、大丈夫…」



床を見つめてぼそぼそ喋る葉さんに、何が大丈夫なんだろうと思った。

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