仮氏
戻ると彼はソファーに腰をかけてテレビを見ていた。
私はそんな彼を見つめながら立ち尽くす。

「?」

不思議そうな顔をする彼。
別に言いたいことはないのだけれど、この日を忘れないようにしなければ、と無意識に思っていた。

「こっち、おいで」

素直に足が彼の元へ向いた。
彼の目の前に立つ私を、ぐいっと引き寄せて抱きしめる。
私を引き寄せる腕の力は強いのに、それとは逆に優しいキスをする。
彼の体温が私に移る。とても温かかった。


服を着て、身の回りを軽く片付けると彼が部屋の自動精算機で会計を済ませていた。

「私も出す…!」

慌ててバッグから財布を出す。

「いいって!無理言ったの俺だし!」

「でも…」

「いいって!たまにはカッコつけさせて」

「…」

「…納得いかない?…じゃあ莉音からキスして」

彼がそう言ったから、私は素直にキスをした。
唇を離すと彼は顔を真っ赤にさせた。

「…いまさらなによ、それ」

「いや、改めてそういう雰囲気じゃないときにされるとヤバイわ!」

「自分からしてって言ったくせによく言うわ!」

そう言い合いしながら、私たちは車に乗って元来た道を戻っていくのだった。
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