強引な誘惑【ぎじプリ】

ガコン、と音を立てて缶コーヒーが落ちてくる。


「よう、お疲れ」

「わっ……」


同期二人と自分用の三本を手にして踵を返した瞬間、声を掛けられたことに驚いて体をびくりと強張らせてしまった。


「なんだよ、その声」

「あなたが驚かせるからでしょ。急に声掛けないでよ」


廊下は節電の為に薄暗く、深夜だからひと気はないし、突然声を掛けられたら驚くに決まっている。


「お前がボーッとしてるからだろ」


口が悪いのは相変わらずで、意地悪く笑う口元は彼の態度がわざとだったことを示している。


「疲れてるの。あなたに構う気力も暇もないから」


ため息混じりに通り過ぎようとすると、右腕をグッと掴まれた。そのまま真っ直ぐ見つめられて、不覚にも胸の奥が高鳴る。


「再来週、休み取れよ」

「無理」

「なんで?忙しいのは今週までだろ?」


じっと見つめられて、たじろぐ。
彼の言うことは正しくて、来週からは落ち着いているだろう。

掴まれたままの腕をどうすることもできなくて、視線を僅かに伏せた。


「……まぁ、そうだけど」

「じゃあ、休めよ。デートしようぜ」

「なんであなたなんかと……」

「理由なんてどうでもいいだろ」

「良くない。あなたとデートなんてする意味がわからないもの」

「俺がしたいんだよ」


迷うことなく言い切られて、心臓が跳ね上がる。相変わらず私を真っ直ぐ見つめる視線に、心ごと動けなくさせられた。


「……あ、あなたと過ごすより、仕事していたいの!私、仕事が好きなんだから!」

「は?俺と過ごす方がいいに決まってるだろ。好きなところに連れて行ってやるし、給料だって出るし、あんな奴らと過ごすよりお前を癒してやれる」

「あんな奴ら?」

「お前の同期だよ」


彼がおもしろくなさそうに呟き、「なんであいつらと残業なんてしてるんだよ」と眉を寄せた。


「……もしかして妬いてるの?」

「ばっ……!そんなわけねぇだろ!あいつらより俺の方が優秀だって話だよ!」


慌てたような表情に、思わず吹き出す。
すると、ムッとしたような表情の彼が掴んだままの私の腕を引き、耳元に唇を寄せた。

< 2 / 3 >

この作品をシェア

pagetop