七色の空
チャプター82
「有効期限」

物語を軌道修正しなければ。福生の命もそぉ長くない。主治医の予想を覆し、福生は予定よりひと月ばかり長く生命を維持している。心残を言いだせばキリがないが、もぉ体がいう事をきかない。林檎を連れて外に飛び出すような贅沢は叶わない。それを許す有効期限はもはや猶予の欠片も残すことなく、切れてしまったのだ。
福生はこんなことを考えていた。
 人の命には有効期限がある。
男女の愛には賞味期限がある。
では、愛の有効期限は?福生は賞味期限の切れたコンビニ弁当を食べて腹をこわした経験はない男である。賞味期限より長く設定されている消費期限を決めるのは弁当を食べる側の人間だと、福生は考えている。 愛の有効期限はどうだろう?
愛と言うヤカラは、たとえ腐ろうが、食べて腹をこわそうが、それを心に宿した瞬間から、無期限である。人間の勝手で賞味期限を決められて、それが切れた男女は、あたかも愛の有効期限が切れたかのように振る舞っているだけだ。
以上が福生の見解。
この世のありとあらゆる空間に愛は充満し、地球の引力に逆らいながら宇宙に飛び出す。愛で地球が回っている。愛は人のものではない。
だから、福生は、林檎との間に生まれた愛が今も二人の間に存在しているとは考えていないし、なくなるとも考えていない。
今の福生と林檎は、お互いの肉体を近づけたという事実であり、二人の間に生まれた感情は、その事実に対する根拠である。
 それは、脚本が映画の根拠であることと同じ。だからこそ、福生は脚本を描くことに惹かれた。
映画が出来上がった時、そこにはもはや、人間という些細な生き物の思いや希望は存在していない。
 愛のような映画を福生は夢見て生きてきた。福生の描いた映画がもぉ少しで、多くの人の目に触れる。福生の遺作が、福生の想い描いたものかどうか、それを決めるのは、もはや福生ただ一人だけでいい。壮絶な感情の営みを、紙と筆に託して生きた男の有効期限が、あと少しで切れようとしている。
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