七色の空
チャプター86
「西へ」

車は西へ西へと進んでゆく。乗車する三人の魂は車を西へ西へと走らせる。
明日のことを考えない今日は、いつ日が昇り、いつが今日なのか、そんなことはどうでもよいだろう。そんなことは意味すらないだろう。
譲れない気持ちを持ったなら、それを諦めることは、叶えることより難しくなる。
林檎は車の中でわずかな酒を口に含む。まさか福生を連れ出すような行動を、ここまで自分の中で正当化できるなどとは思ってもみなかったからである。林檎はAV女優になることを決意した瞬間、もしくは初めて援助交際で自分の体を金にかえた時と同じような高騰感を、今まさに噛み締めている。林檎は、愛する福生と車に揺られ、高速を走る車内の窓から夜景がゆっくり流れてゆく様に胸がいっぱいになる。泣き出しそうになるのだ。
景色が西へ西へと移動してゆく。
林檎はどうして泣き出しそうになるのか、福生にたずねたかった。福生なら何と回答するだろう?林檎は福生の言葉を聞きたかった。
林檎の心の中で福生はこう応えるのだ。
「泣き出しそうなのは、きっと窓の外を流れる景色が二人を置き去りにしてゆくから。西へ二人が向かうことは、二人の別れに近付いてゆくこと。でも、僕らは西へ行かなければ、そうやって僕らは前へ進んで行かなくちゃならないことを、どうやら分かっているみたいだ」
人が前へ進むことは別れに近付くこと。そんな当たり前の切なさを、大事な人に出会うまで、人は気付けないで生きている。
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