悲恋哀歌-熱恋-
序章:彼岸花

爽やかな風が吹き付ける。
まるで、あの頃のような風が。
この季節になると、いつも、この暖かい風が嫌なこと辛いことを乗せて何処かへ吹き去ってくれる。
春の陽気なこの青空の下、昔と何も変わらないままの村へ、僕は帰ってきた。
何年ぶりだろうか。
のどかな自然に囲まれ、鳥達は自由に空を飛び回る。
そうだそうだ。
あの二人も、あの鳥達のように自由に走り回っていたっけか。
そうだ、せっかくここまで来たのだから、この先にある石墓へと出向こう。
彼女達にも、久しぶりに顔を見せたい。
ボリボリと、頭を掻きながら歩き出す。
村人達は、見慣れない僕の姿に目を丸くしながら、非常に驚いている様子だ。無理もないさ。ここに来るのは本当に久しぶりなのだから。
確か、この民家を過ぎた先だったかな。
僕を、目的の場所まで案内するかのように、石段が道を連ねて奥へと続いていく。僕はその上を歩き、目的の場所へと向かう。
僕が愛した二人が待つ場所へと。
村の入口から、そう離れていないとは言え、その道のりはなんだかとても長く感じた。
途中、僕の顔を知っている村人なんかとすれ違ったり、故郷に帰ってきた感じがどこかくすぐったかった。
もうすぐだ。
もう見えてきた。
小さな丘に立つ、二つの石墓。
それは、仲良く隣同士並べられ立ち、それぞれの墓の横には二本の刀が。
その刀は、よく見覚えのあるもので、彼女達が振るっていたものだ。
ほんと、懐かしいよ。
こうして、仲良く並べられた墓石を見ると、ほんとにあの頃を思い出す。
君達は、本当に仲良しなんだね。
そうだ、今日は君たちが大好きなお花を持ってきたんだ。本当は実家の家に飾るつもりだったんだけれど、せっかくだから、君達に手向けるよ。
僕はそっと、背負っているかばんの中から彼岸花の花束を取り出した。
僕が一番嫌いで、一番好きな花。
花言葉は「悲しき思い出」だったかな。
まさに、今の僕にはぴったりの言葉さ。
石墓の前に彼岸花の花束を置き、静かに手を合わせる。
瞳を閉じ、暗闇に見えるのはあの頃の淡い思い出。
彼女達の姿が暗闇に浮かぶ。
いつも笑い合い、手を取り合っていた二人。
どんなことがあっても、その手を離すことなく、己の気持ちに真っ直ぐ向き合っていた君達は、きっと何よりも美しかった。

「あら、珍しい来人だこと...」
手を合わせ、思い出に更けていたそんなとき。
ふと後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
その声だけで、誰だか鮮明に認識できる。数年会っていなくとも。
「...やあ、久しぶりだね。鈴蘭」
「えぇ、本当に久しぶり」
相変わらず、派手な着物である。
彼女は昔から何一つ変わっていない様子。
その佇まいも、すべて見通しているかのような瞳も、そして全てを許してしまえそうなくらい優しい笑顔も。
鈴蘭は、僕の隣に座り、彼岸花を石墓の前に置けばこう言った。
「私も、あの子達に祈りを捧げていいかしら?」
と。
あぁ、構わないよ。
それが僕の返した言葉だ。
古い友人と、愛しき人と、そして愛しき人が愛した人との再会は、あの楽しかった日々を思い出させるようで、胸が痛くなった。
「波之助さん。貴方、今日ここへ来たのは偶然ではないのでしょう?」
「...さあね。否定も肯定もしないよ」
「ふふっ...。相変わらず臆病で、弱虫ね。あの子達、貴方のこと恨んでなんかいないと思うわ」
クスクス。
その笑い方、昔から嫌いだったのにな。
今じゃ、心地の良いものなのかもしれないなんて、そんな気持ちになる。
「僕を、恨んでいないか...。それはどうかな。凪は、僕のことを相当恨んでいると思うけれど」
「...、凪が貴方宛に最後に残した言葉、忘れたわけではないのでしょう?」
もちろん、と僕は返す。
確かに、彼女は最後
僕に笑って言葉を残してくれた。
だが、それは彼女が優し過ぎたからだ。
彼女達が死んだ後、僕が自分を責めないようにと、彼女なりの演技だったんだよ。
「だから、村を出ていったのかしら?」
「あぁ...、そうだ。僕は逃げてしまった。償うことから...」
石墓の前で、何の汚れもなく笑う。
目に映るのは、僕が愛した彼女の墓。
それを前にしても、涙は出ないか。
やっぱり僕は、彼女を愛してたなんて言って、本当は
「貴方はもう償ったのよ。だって、罪を背負っている人がそんな笑顔、できないもの」
僕の顔を横目にそんな言葉をかける彼女。
元、身売りの花魁とは思えないほど綺麗で美しい笑顔だ。
やはり、彼女には人を惹きつける才能があるのだろう。
こんな真っ直ぐにそんな言葉を口に出来る人間は滅多にいない。
少なくとも、この村じゃ君くらいさ。
「あら、褒めても何も出ないわよ」
「見返りが欲しくて褒めてるわけじゃないさ。今のは僕が本当に思っていることをありのまま伝えただけさ」
そう言うと彼女は再びクスクスと笑い
「貴方こそ、そんな恥ずかしい言葉をよく直接口にできるわね。この村じゃ、そんな言葉を口にできるの、貴方くらいよ」
言葉を返されてしまった。
やっぱり、君には叶わないな。
僕は、君に一度も勝ったことがない。どんなことでもさ。
剣術や、恋愛でも、君に勝てたことなど一度もなかった。
「ふふっ、そうね。確かに貴方に負けたことは一度もないかもしれないわ」
「そう返すところ、君らしい」
さて、石墓の前で話すようなことでもないし、そろそろ僕は立ち去るとしよう。
「あら、もう帰るのかしら」
「あぁ...、駄目かい?」
荷物を持ち、石墓に背を向ける僕に鈴蘭は
「せっかくなのだから、昔話に花を咲かせようじゃない...。それとも、あの頃を思い出すのが怖いかしら...?」
正直に答えよう。怖いさ。
あの頃を思い出せば、また眠れぬ夜が続きそうな気がしてね。
言い訳など、到底思いつきはしない。
そんな僕に、彼女言う。
本当に、臆病なのね。
あぁ、それに関してはもう否定なんてできないかもしれない。
自分で認めてしまっているからね。
「でも、気が変わった。今日、君に会えなければ、二度とこの村を訪れることはなかったさ」
「あら、それは良かった。古い友人に会えなくなるのはさみしいからね」
で、昔話をするのはどうせ君の家だろう?
嫌だな。
君のお父さんやお母さん、怖いんだよ。
「ふふっ、貴方は昔からお母様やお父様に叱られっぱなしだったものね」
僕を見つめ、上品にせせ笑う彼女は懐かしいわと呟く。
その声はどこか切なげだったような気がするが、今のは聞かなかったことにしておこう。
二人、墓へ連なる石段の道を引き返し、歩き出す。
『また、来るよ...』
言葉には出さないが、目には見えないが、確かに石墓の後ろで微笑む二人の少女に告げる。
誰もいないって?
ふっ、そうかもしれないけれど、僕には確かに感じるんだ。
あの子達の魂が。

さて、ここまで僕が語ってきたけれど、今これを読んでいる君達は何が何なのか、理解していないかもしれない。
あの、石墓に眠るのは誰なのか?とか、この村は何なのか?とか。
まあ、色々話したいことは沢山あるのだけれど、それを僕が話してしまったら意味がなくなってしまう。
ちょっと、ストーリーテラーのつもりで、プロローグのようなものを読んでいた。
簡単に理解しようとすればこれが一番簡潔だろうか。
じゃあ、そろそろ"昔話"とやらをしよう。
そうだな。
前置きをするのなら、あの墓に眠る二人の少女の、叶わなかった恋のお話。
なんて、ベタだろうか。
ここまでダラダラと、やる気のない僕の話を読んでくれたってことは、目の前の君はこの話に興味があるのだろう。
例え、興味がなかったとしても、是非聞いてもらいたい。
僕が愛した人と、僕が愛した人が愛した人の物語を。

『悲恋哀歌』

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