悲恋哀歌-熱恋-
二章:鍵
滝酒山から下山し、私達は無事村へ帰ってきた。
道中、一度も妖魔や猛獣と遭遇することなく帰ってこれたのは良かったけれど、流石にもう一週間実家に帰っていない辻を、今日も家へ泊めるのは危険と判断し、渋々実家へと見送った。
ほんとなら、今日も私の家に泊まりに来て欲しかったのだけれど、我儘言っても辻を困らすだけ。
今日は寂しく、一人で眠るしかないのね。
「僕で良ければ、共に寝ても構わな」
無言で「村正」を浪之助へ向ける。
「じょ、冗談だよ...、すぐに刀を向けるのやめようか」
顔を引きつらせながら後ずさりする波之助。
確かに、刀を向けられれば誰だって怯むでしょうけど、鞘に収まっている刀を向けられて怯えるのは貴方だけよ。
ほんとうに弱虫で情けないわね。
なんで貴方なんかと結婚したのかしら。
「そ、そこまで言うかい!?」
「もう、眠いし帰るわ。お見送りは結構よ」
陽は、山の影に隠れ、沈む寸前。
その代わりに、空には一番星。
今日の夕飯は、魚にしようかしら。
そんなことを考えながら、帰路へと付く。
そして、暫く歩いた先、自宅の前で思わぬ人と出くわした。
「あら、凪。お久しぶりね」
「姉様?」
どうしてこんなところに?
「ここは、貴方の家ではなかったかしら。貴方に久しぶりに会いたくなったのよ」
にっこりと笑みを向ける、我が姉。
姉妹とは思えないほど垢抜けており、お父様譲りのつり目が特徴的。
「そう。なら、部屋に上がって?今日いいお茶の葉が手に入ったからお菓子と一緒に出すわ」
浪之助から少し分けてもらった、お茶の葉。
まあ、これも報酬の一つというやつなのだけれど。
「えぇ、じゃあ少し上がらせてもらうわね」
自宅の戸の鍵を開く。
私がいる時は大体鍵など掛けていない。
家を開ける時も鍵をかけ忘れることなどしょっちゅうなのだが、辻にはよく叱られるわ。
もし、危ないヤツが部屋に入ってきたらどうするんだと。
心配してくれるのは嬉しいのだけれど、私に勝てる人なんてそうそういないわよ。
「それはどうでしょう。私なら貴方に勝てると思うけれど」
「はいはい。姉様にはどこを取っても勝てるところなど一つもありませんよ」
少し、卑屈に答えてみせる私に、相変わらずねと微笑む姉様。
私と姉様は姉妹仲がそんなに悪いわけでもない。
しかし、ここ数年は年に数回と、顔を合わせる数が少ないため、疎遠になりがちなのだ。
今日も約半年ぶりの再会かしら。
「そうね。最後に会ったのは妖艶桜の下の宴会のときだものね」
久しぶりの再会に、姉様も私も、どこか笑みが絶えない。
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