身代わり王妃の恋愛録

「え、へ、陛下…?」

私は完成間近らしいドレスを見た。あとは細かい調整だけだと聞いていたドレスだけれど、まだ未完成だというのに目を見張るほど美しく優美。そして何より…

「なぜ…2着もあるのですか…」

声は弱々しくなるばかり。1つはミレイ趣味の淡いピンク色のドレス。ハイネックになっていて首を覆うきちんとしたもの。そして裾はたぶんAラインってやつだ。すごくミレイ好みだと思った。細部に施されたレースは美しく、きっとミレイによく似合う。

そしてもう1つ。何故だかもう1つ用意されたものは私の好きなブルーのもの。前にお店に来た際店頭に飾ってあって、綺麗だと思ったドレスによく似たデザインのものだった。胸元は出るし、身体のラインも出てしまうマーメイドライン。でもたまらなく惹かれたドレスだった。初めて、初めて着てみたいと思えたすごくすごく魅力的なドレス。

何で知ってるの。どうして。

そんな疑問を込めて私は陛下を見上げる。陛下は私の視線を無視してか、それとも気づかずかまっすぐブルーのドレスを見ている。

偶然か、それとも気づいたのか。このドレスは私の…そう自惚れて良いのだろうか。

「うふふ。さすがはアル坊ちゃまね。よく見ていらして。ミレイちゃん、こちらのドレスね、アル坊ちゃまが追加でオーダーしてくださったのよ?」

私は目元を拭う。たぶん陛下は私がこのドレスにほんの一瞬見惚れたその瞬間を見逃さなかったのだ。

そしてわざわざ注文してくれたのだろう。

「へ、陛下…」

思わず弱々しい声を上げてしまった。けれど違う。ミレイはこんなことで泣かない。ミレイならはにかんで言うのだ。“ありがとうございます”と。

だから私も笑わなくては。けれどうまくいかない。嬉し泣きが勝る。このままでは恥ずかしくもここで大泣きしちゃうかもしれない。

思わず顔を俯けた私の腕を陛下が掴む。そしてそのまま引き寄せ、私の顔を自らの胸に押し付けた。

「今は、良い」

おそらく、その後に、“演技をしなくて”が来るのだろう。私はその言葉に甘え、できるだけ静かに泣いた。

「すみません、エリナリー殿。彼女は泣き虫でして。しばらく落ち着かないと思うので少々お時間をいただけませんか」

その言葉に返事はなかった。ただ静かに気配だけが消えた。きっと遠慮して下がってくれたに違いない。後で謝らなくては。

「ごめん、なさ…」

声が掠れてきちんと謝れない。陛下はただ静かに私の頭を撫でてくれた。

「謝る必要はない。…ただ笑って欲しかっただけだ。…だが…やはり泣かせてしまうんだな。お前は…難しい」

「どうして…っ、分か…た、の。わ、たしが、うっ、あ、の…ドレス、に見惚れたのは…ほんの一瞬なのに…っ。うぅ、ほ、ほんと、は…青が、好きだなんて…っ、言ったこと、ない…のに…。私に、そんなこと、してもらう資格、も…価値も、ない、のに…」

「……偶然だ。ただ“お前”に似合いそうだと思っただけだ。受け取ってくれるか」

陛下の声はどこか困ったような響きを含んでいた。けれどどこまでも優しくて私は遠慮せずに泣き噦る。

「…良いの?」

「…ああ。だから笑え。頼むから、泣くな…。お前に泣かれるとどうして良いか分からなくなる」

その言葉に私は冷静さを取り戻した。陛下から離れ、ポケットに入っているハンカチ(陛下に持たされた)で目元を拭う。

そしてぐちゃぐちゃな顔のまま、はにかんで見せた。

「…ありがとう」

「…ああ」

「…顔、酷くない?」

「ふっ…。そうだな…不細工だ」

陛下は楽しそうに笑った。そして取り出したちり紙で顔を拭ってくれる。

「ううっ…。陛下は、ズルい。なんでこんなに優しいの」

「…したいようにしているだけだ」

困ったようにそう言う陛下の顔がやっぱり優しくて、そして苦しいほどに思い知らされた。もう手遅れだ。どうしようもないほどに私はこの人が大好きだ。

それが恋愛対象としてなのかとか、それとも人としてなのかとか、正直どうでも良い。

ただただ私はこの人が好きで、心の底からこの人には幸せになって欲しいと願ってる。

けれど私はあまりにも無力だ。アルさんを幸せにする力なんて何も持ち合わせていないのだから。美貌も、財力も、後ろ盾も…何もない。

私はたぶん、この先も陛下の幸せを願うことしかできないのだ。だから今は…。

「ありがとう、アルさん」

私はそう言って笑って見せた。多分さっきよりは幾分かマシな顔だと思う。

「本当に、ありがとう」

私の陛下に対するこの感謝の気持ちがきちんと伝わりますように…。

陛下が幸せでありますように…。

そんな願いが叶ってか、それとも偶然か。陛下は笑って私の頭を撫でた。その手が優しくて、温かくて…そしてどこか懐かしかった。
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