閉じたまぶたの裏側で
私がいる店の軒下の反対の端に、濡れた路面を蹴る足音を響かせて誰かが飛び込んだ。

「ビックリしたぁ。服がビショビショ。」

カップルの若い女の子が鼻にかかった甘い声を出した。

「急に降ってきたな。」

聞き慣れた男の人の声。

ゆっくりとそちらに視線を向ける。

それは間違いなく應汰だ。

應汰は少し離れた場所にいる私には気付く様子もなく、女の子と楽しそうに話している。

「服が濡れて透けてる。」

「えー、これじゃ電車乗れないよー。どうしよう。」

「どっかで休んで服乾かすか。」

「うふふ。それだけ?」

彼女が誘うような視線で見上げると、應汰は彼女の腰を抱き寄せて笑った。

「そんなわけないだろう。」



ああ、なんだ。

應汰が彼女に甘くないなんて嘘だ。

確か相手によるとか言ってたもんね。


私、自惚れてた。

應汰は私だけに特別優しくしてくれたんだと、都合よく勘違いなんかして。

私が好きになるまでしつこく食い下がるなんて言うのも、単なる口説き文句だったんだ。


……バカらしい。


雨に濡れたからなんだっていうの。

いつやむかもわからないのに、こんなところで立ち止まっているだけ時間の無駄だ。


帰ろう。


軒下から激しさを増した雨の中に身を投じて、應汰と彼女の前を素通りした。




應汰が誰と何をしようが、私には関係ない。




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