閉じたまぶたの裏側で
勲に喜んでもらいたくて、一生懸命料理を作っていた頃が私にもあったけど。

それはまだ勲が七海と結婚する前。

私たちが恋人同士だった頃の事だ。

入社して1年半が経った頃、同じ部署の先輩だった勲と付き合い始めた。

付き合い始めてから1年が経った頃、私は子会社の工場の事務員として半年間出向する事になった。

その工場が本社から車で3時間ほどもかかる場所だったので、住まいを工場の寮に移して生活した。

最初のうちこそ、たまに電話やメールで連絡を取ったりもしていたけど、次第にその頻度は減り、メールをしても返事がない事も珍しくなかった。

その頃勲は新商品の開発チームに入ったと言っていたので、仕事が忙しいのかもと思った私は、あまり返事を催促したりはしなかった。

なんの疑いもなく、元の部署に戻ればまた前のように毎日会えると思っていた。

だけど、半年後に元の部署に戻った時には、勲は七海と結婚していた。

一体なんの冗談かと思ったけれど、知らなかったのは私だけだった。

社内恋愛が禁止されているわけではないけれど、同じ部署の者同士が付き合っていると、暗黙の了解でどちらかが異動になるので、他の人たちには私たちが付き合っている事は知らせていなかった。

だからって、彼女の出向中に専務の娘と結婚するなんて、いくらなんでもひどすぎる。

それがわかった時点で別れようと思った。


けれど、3年経った今も私は勲の嘘に溺れている。



“本当に好きなのは芙佳だ”という、愛のない見え透いた嘘に。




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