甘やかす彼【ぎじプリ】
「あいつには、はらわたが煮えくり返ったけれど、お弟子さんはいい人だったな。お前の書いた記事のおかげで、作品に興味を持ってくれた人が増えたって、言っていた。それと、あの記事の文章すごく好きです、文章に優しさがあって。今回も楽しみにしています、だってさ」
「その言葉は嬉しかった。あの記事を書いて、よかったって思えたから」
 お弟子さんは先生の機嫌を損ねないために、インタビューの間は一言も話さなかった。ただ、帰り際に、先生が近くにいないことを確認して、小さな声でそう言ってくれたのだ。
 あの陶芸家先生には頭にきたけれど、お弟子さんによって少し救われた。

 目の前に置かれている雑誌の文章を読み返す。この言葉が誰かを動かしたと思うと、誇らしかった。今回もこの記事を超えるものを書こうと思えてくる。
「それにしても、よく聞いて、よく覚えてるね」と、彼に言った。
「当たり前だろ」
「そうですね。当たり前ですね」
「なんだよ、その棒読みは。たまには敬意を払ってみろ」
「なによ。自分で当たり前って言ったくせに」
「元気、でたみたいだな。お前は笑っているのが一番だ」
 素直に敬意を払うのが癪で「ありがとう」と、感謝を伝えてみた。

「おう。お前は、辛いことや嫌なことは気にせずにどんどん忘れろ、捨てろ。その代わり、俺がちゃんと覚えておくから。必要なときは俺がなんとかするからさ」
「うん、ありがとう。でも、いいの? そんなに私を甘やかして」
「いいんだよ。それも俺の仕事だから」

 両腕をぐっと天井へと上げ、上半身を伸ばした。
 雑誌を閉じ、カバンの中に入れてあったパソコンを出した。パソコンの起動を待つ間、インタビュー中にメモしたものを広げ、ざっと目を通す。それから写真や文章をざっくりとレイアウトしてみる。
 パソコン画面には、私の記事が中途半端にできあがっていた。

「さて」
「俺の出番?」
「そう。細かいところ忘れちゃったから、助けて」
「しょうがないな」と、彼は少し嬉しそうに言う。
 少し前まで、はらわたが煮えくり返っていたくせに、今ではそれをしっかり収めている。
 そして澄ました顔で、あの陶芸家先生の声を流し始めた。


《擬人化…ボイスレコーダー》
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