笑顔のかみさま【ぎじプリ】
笑顔のかみさま


「いい加減、俺から離れろよ」

黄色いかみをサラリと流した男が気だるげに呟いた。

午後の日差しで満ちた温かなロビーには誰ひとりいなくて、テレビには日本の風景百選が映し出され、優雅なクラシックが流れている。

月末月初でも、五十日でも年金支給日でもない水曜日の銀行は閑散としていた。

「キミがいないと、落ち着かないのよ」

わたしの言葉に、彼は呆れたようにため息をつく。

隣の先輩は食事休憩へ行き、後方にいる先輩達も自分の業務をこなしているから、誰もわたし達の会話に気づかない。

「俺と出会って、もう一年過ぎただろ。そろそろ、いいんじゃないの?」

うっとうしそうに、やさしい黄色のかみをいじる。中肉中背の身体も同じ色を纏っているけど、近頃色あせてきたみたいだ。

「うーん……確かに、長すぎるかなとは思うけど……」

銀行に入社して四年目。二年間の後方事務を経験して窓口に出たとき、緊張で硬い表情になっていると、先輩から「お客様には笑顔!」と注意された。

最初の一か月は時々その言葉を思い出して笑顔を作っていたけれど、忙しさからつい忘れがちになる。

そんなとき、彼と出会った。

彼を見て意識的に笑顔を作ることで、いつしか自然と笑えるようになった。だから、今さら離れるのは少し怖い。

「お願い。もうちょっとだけ……側にいてよ」

わたしが手を合わせて頼むと、彼は端末画面の縁に寄せていた身体を窮屈そうに動かした。

「……なんだよ、俺の分身はすぐに捨てるくせに。俺だけどうして、ここに居続けなきゃいけねぇんだ」

不満そうに口を尖らせる。

「身体なんて薄汚れてきたし……かなりボロボロになってきたんだけど」

彼がいるハイカウンターの下は狭く、たまに伝票に蹴飛ばされたりして居心地が悪そうだ。

「アンタが休憩中、たまにそこに座る吉田さんなんて、端末を指差して確認するからチョイチョイ俺にあたってくるんだよね。おかげで何回か骨折れたよ」

彼は傷痕のある肩をグルリと回してみせる。ぎこちなく、動きが鈍い。


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