wish
病院を出たところで、ふと昇は立ち止まる。

ここまで昇は歩いてきた。

近い、とも言えないが、家から歩けない距離でもなかったからだ。

だが、母は今日退院したばかりだ。


「タクシー使う?」

気を遣って言った昇の言葉も、母はきょとんとした顔で聞き返す。

「え、なんで?」

「なんで、って…」

「気を遣わなくても大丈夫よ。それにタクシー使うとお金もったいないからね」

あまり納得いかなかったが、母の荷物を、半ばひったくるようにして持つと、
最初は遠慮していた母も、ありがとう、と言う。

家に帰るまで会話らしい会話はそんなになかったが、母も帰ってきてようやく、
ひんやりとしていた空気がなくなったような気がした。


部屋に足を踏み入れるとすぐに、母はいつもの椅子に腰をおろし、軽く背伸びをする。

「やっと帰ってこれた」

と、こぼしながら。

昇も、母の反対側に腰をおろした。




< 109 / 218 >

この作品をシェア

pagetop