夢が醒めなくて
食堂でランチを取ってから、坂巻くんはサッカー部へ行った。
朝秀くんと野次馬気分で眺めつつ、義人氏のお迎えを待つ。

「竹原先輩の囲碁の先生?今日、初対面なんや?」
「うん。ほんま、せこいわ。何でもできるヒトやん?今度こそ私のほうが先に強くなるはずやったのに、びっくりするほど短期間で強くなってはるねんもん。ずるい。」

うーん、と朝秀くんは腕を組んで首を捻った。
「……先生って、女流棋士かも?」

なるほど。

「邪(よこしま)な下心で、めきめき上達したわけやね。」
義人氏なだけに否定できない。

「いや、ごめん。冗談やし。さすがにそういうことじゃないやろ~。希和子ちゃんのおかげで先輩と親しくなってみて初めて知ったけど、単に優秀なだけじゃなくて真面目な努力家やと思うで?囲碁かて、希和子ちゃんと打つために、わざわざ習わはってんろ?ちょっと上達し過ぎて、希和子ちゃんの不興を買うとは思わず。……そう考えると、何でもできるようで、意外と不器用なんかも。」

朝秀くんは、義人氏贔屓だと思う。
いっつも義人氏を褒めてはる気がする。
そして、何となく私は同意できずに文句ばっかり言っている。
このへんが、姫なのだろか。

不意に聞き覚えのあるガチャガチャした音楽が耳に飛び込んで来た。
これ……
義人氏の好きなIDEA(イデア)じゃない。
えーと……あ!そうだ!
美幸ちゃんのグループの曲だ!

「え?どうしたん?先輩、到着?」
急にキョロキョロし始めた私に朝秀くんが尋ねた。

「ううん。この曲……」
「曲?……ああ。アイドルの……何やったっけ?CMにも使われて、売れてる。吹奏楽部が練習してるみたいやな。野球部の応援で使うんかな?」

売れてるんや!
よかった。

義人氏は、美幸ちゃん達のグループがラジオやテレビに出演し始めると、せっせと録画してブルーレイに焼き、啓也くんに渡している。
普段テレビを見ない私は、最初のうちこそ美幸ちゃんの勇姿を見守ろうと張り切ったけど……どうも、やっぱりテレビ自体が苦手。

頭が痛くなったり、気持ち悪くなったりする。
……美幸ちゃんのことは、ものすごーく応援してるし、テレビで観たいんだけどね……。
厄介な身体。
情緒不安定で、自律神経失調症なのかなあ。

「あ。先輩の車。」
朝秀くんの声に、私はパッと立ち上がった。

一応エスコートしてくれてるつもりの朝秀くんと義人氏の車へと向かう。
パワーウィンドウが下がり、義人氏の笑顔が現れると、私の足取りが勝手に弾んだ。
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