夢が醒めなくて
不意にドアが開いた。
灯りを消した薄暗い演習室に、廊下から光がさし込んだ。

「キャッ!」
俺の下で、嬌声をあげていた大薗まゆ嬢が悲鳴をあげた。

しぃ~っ!
声を出さずにそうゼスチャーしたけど、遅かった。

「……失礼。邪魔するつもりはないから、続けてくれ。」
低い声でそう言うと、後光を背負った男がつかつかと演習室に入ってきた。

細い銀色の眼鏡のフレームがキラリと光った。
さっきまで同じゼミを受けていた小門(こかど)という男だ。

3回生になって今日が2度めのゼミ。
小門とは2回生の時には違うゼミだったし、まだ個人的に会話したこともない。
でも、お互いに名前と存在は見知っていた。

俺の妹の由未(ゆみ)は、小門の奥さんと高校の同級生で、ずいぶんと世話になっていたらしい。
俺自身も、奥さんのあおいちゃんとは会ったことがあるけれど、まあ、何てゆーか……めんどくさいタイプの美人だ。
彼女と夫婦ってだけでも底知れないものを感じるが、何より俺が小門に一目置いているのは、あおいちゃんだけじゃなく彼女の連れ子も受け入れてる度量の広さ。

まだ俺たち、大学生なのに。
……正直、逆立ちしてもかなわない、と思っている。


そんな相手に情事を知られただけでもばつが悪いのに、続けろって言われてもなあ。
他人に性行為を見せて興奮する趣味はないので、俺はあられもない姿の大薗まゆ嬢に自分のジャケットをかけてから、ひとりで起き上がった。

「忘れ物?」
こっちに来るなよオーラを出しつつ、何事もなかったかのように笑顔を貼り付けてそう聞いた。

「ああ。携帯を落としたらしくて。……あれ?ないか。……竹原、俺の番号鳴らしてみてくれん?」
小門は一瞥もしてないくせに、しっかりと俺だと認識してるらしい。

「了解。」
そう言って俺は、名簿で見覚えた小門の携帯番号を指で辿った。
ブブブブと、低い小さな音が聞こえる。

「義人くん。そこ。落ちてる。」
大薗まゆ嬢が指差した先に、確かに黒っぽいスマホが床で振動していた。

てか、たぶん今ので、俺が今ヤッてた相手が四回生の大薗まゆ嬢だとバレたと思う。
ちょっと気まずい。

「えらい移動してるやん。蹴られたんか?」
わざと何でもないそぶりでそう言いながら、携帯を拾い、小門のほうへと歩み寄って差し出した。
上半身裸だし、下もぐだぐだだけど、ハッタリで乗り切ろうとした。

「そうかもしれん。ありがとう。……あー、邪魔して悪かった……。」

小門はやっと俺を見て携帯を受け取りながら、少し言いよどみ、意を決したように、俺を手招きした。
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