夢が醒めなくて
なに?

ひょいと顔を近づけると、小門は小声で囁いた。
「浦川 花実(かさね)さんが、竹原を探しとった。」
大薗まゆ嬢に聞こえないように、気を遣ってくれてるらしい。

ありがとう、とゼスチャーと口パクでお礼を言って、俺は大薗まゆ嬢のところに戻った。

「続きはまた今度。ボランティア行ってくるわ。」
そう言って、さっき脱ぎ捨てたシャツを着ると、大薗まゆ嬢に貸したジャケットを羽織った。

「そう。またね。」
不満そうに、それでも文句を言わずにひらひらと手を振った大薗まゆ嬢は、思った通りイイ女だ。

「ありがと。じゃ。」
名残惜しさを軽いキスでうやむやにして、俺は演習室を飛び出した。


小門は携帯で話しながら廊下を歩いていた。
すぐに追いついてしまいそうなので、ちょっとスピードを落として一定の距離を保った。

「あ。俺。うん。光、何しと~?……そうか。」
さっきと別人のように柔らかい声で小門は話していた。

……たぶん相手は奥さんのあおいちゃんだと思うけど……光くんが、噂の連れ子か。
幸せそうだな。

筋肉質な小門の背中が頼もしくて見えて、はたと思い出した。
そういや、三年前になるのか……小門の出場した高校サッカーのインターハイを観戦したわ。
そうだ。
あの時、こいつともう一人……妹が一目惚れした猿みたいな一年坊主の二人だけが強いチームだったっけ。

しまった。
余計なことまで思い出してしまった。
ムカムカしてきた。
……大事な妹は、恋にとちくるって片想いの猿を追いかけて東京の高校へ転校してった。
兄としては、妹の初恋が美しい思い出になることを願いつつ、より条件のいい確実に幸せになれる相手と次の恋を実らせてほしいのだが……いずれにしても、初恋の進捗状況が気になって気になってしょうがない。

「……なに?」
悶々としてると、いつの間にか電話を切ったらしく小門が振り返ってそう聞いてきた。

「あ。いや。なにも。」
そう言ってみたけど、別に誤魔化す必要もないか、と、開き直って話してみた。
「三年前かな。インターハイ、スタンドから観ててん。小門の背中見て思い出したわ。責任感と侠気(おとこぎ)?」

すると小門の無表情な顔が少し緩んだ気がした。
「そうか。由未ちゃんと?そりゃどうも。遠いとこ応援しとってくれよったのに、初戦敗退してカッコ悪いとこ見せたな。」

小門の口から妹の名前が出て、俺は改めて親近感を抱いた。
「いや、むしろかっこいいと思うわ。」

本音だ。
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