夢が醒めなくて
「おはようございます。原さん。父に話があるのですが、時間をとってもらえますか?」
朝、父親を迎えに来た秘書の原さんに、そうお願いした。

「……今、社長に直接ご相談されては如何ですか?」
原さんが笑いを堪えてそう提案した。

今?
ちょっと迷ったけれど、朝からする話じゃない気がする。
「心の準備ができてないんです。先に母にも相談したいし。」

「わかりました。社長にお伝えします。では。」
父親のもとに向かう原さんの背中が完全に笑っていた。

原さんのあの様子だと、既に父親も把握していて、一緒に笑ってそうだな。
くそっ。
気恥ずかしいけれど、そうも言ってられない。

一日も早く彼女を……希和子ちゃんを、迎えたい。
柄にもなく、俺は焦っていた。


父親の出勤を見送った母親を庭の茶室に誘った。
「珍しいわね。改まって。どうしたの?」
「うん。真面目な話。お母さん、前に里親になりたいって話してたやん?……希和子ちゃんを里子に迎える気はない?」
俺は、思った以上に緊張していた。

「……希和子ちゃん、ね。どうして?」
母親にそう聞かれて、俺は返答に窮した。
どうして、か。

希和子ちゃんが息苦しくない環境を与えてあげたい。
希和子ちゃんが、やりたいことを我慢しなくていいようにしてあげたい。
希和子ちゃんを、幸せにしてあげたい。
希和子ちゃんに自由を与えたい。
希和子ちゃんを俺のそばに置きたい。
希和子ちゃんと、仲良くなりたい。
希和子ちゃんがワガママな子になるぐらい、甘やかして可愛がってあげたい。

どれもこれも正解なんだけど……母親に言うのは憚られた。
9つも年下の小学生の女の子に対して、俺はどうかしてしまってるようだ。

「笑顔を見たことないねん。」
苦し紛れに、俺はそう言った。

「……うん。」
しんみりと、母親が同調した。
あれ?
もしかして、簡単に話が進められるかもしれない?

「希和子ちゃんの笑顔が見たいねん。優秀な子ぉやし、存分に勉強もさせてあげたい。今の環境に希和子ちゃんを置いておきたくないねん。……ほっとけへん。」
俺は、正直にそう言った。

母親は、ちょっと意地悪な質問をしてきた。
「将来的に、あんたの愛人にする気じゃないでしょうね?」

愛人?

正直なところ、これが「恋人」と言われたら否定する自信はない。
けど、愛人は、ないわ。

「それはない。絶対ない。約束する。」

俺は、キッパリそう言った。
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