朱色の悪魔

誰だ、などという下らない質問など不要。

決して来ないと思っていた。ただの実験体に動くとは思っていなかった。

こんな、死にかけの実験体に、組を動かすなどと研究者は想定していなかったのだ。

男たちが歩みを止める。1番年配の男が、研究者を射貫いた。

「華月組だ。大人しく投降してもらおうか?」

当然のように告げられた言葉。

華月組、組長が直々に出向いてくるなどと研究者は想像すらしなかったのだ。

「…っ華月が、なぜ…」

「なぜ?愚問だな。俺の1人娘であり、息子の恋人を捨て置くことなど、俺はしない」

「…は?」

間抜けな声が響く。紛れもなく研究者の口から出た声だ。

呆然と、口を開けたまま固まった研究者は、次の瞬間、場の雰囲気にはそぐわない笑い声を発した。

可笑しくて仕方がないと言った様子で、狂ったように笑い転げた。

「ッあんたは馬鹿なのか!?あれは、お前の娘でも、お前の息子の恋人でもない!!あれは、僕の実験体だ。ネズミだ!実験が成功した。だから生かしていただけの、ネズミなんだよ!!そんなネズミ1匹のために華月組、組長直々に?下らない。下らなさすぎてこっ…」

「黙れ、クソ野郎」

研究者の言葉を遮ったのは華月魁。華月組、組長の末っ子。実験体と呼ばれた少女を思い続けた男。

1歩踏み出した魁は、研究者の傍で事切れたように動かない少女を見るなり、その瞳を怒りの色に染める。
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