最後のデート

 本当はずっと側にいたかった。必要ないって言われるその日までこの手を離したくなんかなかった。
 けれどどんなに愛しく思っていても、もう一緒にはいられない。そういう決断を下したのは自分自身なのだから。


 目的地は目の前の扉のすぐ向こう。
 ここを開ければ、彼を他の人の手に委ねなくてはならない。


「『……出来るならもう少し、一緒にいたかった』」


 防火扉を兼ねている重いドアを開ける。
 通路を挟んだ向かいにある、入り口を開放している部署がデートの終着点だ。


「あ、水野さん」


 こちらの姿を見つけて女子社員が一人駆け寄って来た。


「お忙しい時間帯にすみません。これ、お返ししに来ました」


 これで本当に最後だ。
 繋がった部分から微かに震えているのが分かる。出来得る限りそっと、彼から指先を解く。


 カウンターの上に置かれた社員証。
 入社してからずっと共にあって社内でいつも身に着けていたそれは、退職する時には総務に返還する決まりになっている。


「お身体、大丈夫なんですか」


「退院したんだし平気平気。まあまだ無理はきかないけどね」


「寂しくなるけど、しばらくゆっくりして英気を養って下さいね。本当にお疲れ様です」


 周りにいた顔見知りの社員達からも次々にねぎらいの声がかかった。


「……今まで、ありがとうございました」


 目一杯丁寧に頭を下げる。こんなしおらしさは柄じゃないけど、今日ばかりはそんな無粋な突っ込みは誰からも入らない。


『元気でな。幸せになれよ』


またね、とは決して言えない。そして、間違いなく「彼」も廃棄処分になる。文字通り今生の別れだ。


「ありがとう」


 もう一度、誰にも聞こえないように彼にだけ向けてつぶやく。
 十年間、あなたと過ごせて本当に幸せだった。










fin.




彼=社員証。
実は「最後の日」スピンオフだったりします。
一周年記念。

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