Mr.ハードボイルド


ちょっと、ご機嫌斜めのニーナさんに、俺は真剣な顔を作り話し始めた。

「なあ、ニーナ、ちょっと話があるんだが、いいか?」

彼女は読んでいた雑誌を閉じて、チラリと俺に視線を送った。
まだまだ、不機嫌なご様子で、困ったもんだがなぁ。

「あのな、ニーナ、仕事の話なんだが、俺さ、オマエをこのオフィスに雇う時に、口頭だけで正式に契約書を交わしたわけじゃなかったよな?」

「えぇ、そうだったわね、月50万の給料と、胸を張って楽しい職場といえる環境を提供するということと、あと、トミー、アナタから私の解雇をすることはしない、って条件だったわね」

そう言って、ニーナは探るような目つきで俺を見た。

「そうだ、その通りだ。だが、正式な契約書は存在していない、あくまでも口約束にすぎない」

俺の言葉に彼女は目を見開いた。

「トミー、まさか、アナタ、私を解雇したいの?」

俺は、しばらくなにも言わずにニーナの瞳を見据え続けた。
次第に彼女の美しい瞳が水気を帯びていくのがわかった。
俺は口元を緩め笑顔を作った。

「ば~か、俺がオマエをクビにするわけねぇだろ?どうしてそんな風に考えるんだよ。この俺の相棒はな、ニーナ、オマエしか務まらねぇだろ?ただ、正式に書面で契約書を交わそうと思っただけだ。マッタク、オマエ、俺のことこれっぽっちも信用してねぇだろ」

俺の言葉を聞いて、彼女は涙の溜まった瞳を軽く拭いた。

「もう、トミーのばか!びっくりしたじゃない。誕生日に解雇通告なんて洒落にならないよ、って思っちゃったじゃない」

そう言って、ニーナは安堵の笑みを浮かべた。

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