アルチュール・ド・リッシモン
3章 イングランドの侵攻

ブルターニュ海戦

 1403年のブルターニュ沖での海戦は、ヘンリー4世の思惑通りいかず、イングランド軍の大敗に終わった。
 イングランド海軍は大量の死者を出し、敵のブルトン軍は2000名を捕虜に死、40隻ものイングランド船を拿捕(だほ)したと記録されている。
「兄上、圧勝、おめでとうございます!」
 10歳になったアルチュールが、戦勝の知らせに頬を真っ赤にさせてそう言うと、14歳となり、声変りもして、一段と逞しくなった兄、ジャン5世は苦笑した。
「アルチュス、そう興奮するな! まだ一度も戦場に出てはおらんというのに、何だそのはしゃぎようは!」
「それだけ嬉しいのです、兄上の勝利が! 我らの仇を討って下さったのですし!」
 そう言うアルチュールは、まだ可愛い少年の声のままであったが、時折咳き込んでいた。どうやら、彼ももう少しすると声変りを迎えるようであった。
「だって、我らから母上を奪い去ったあのイングランド人をやっつけたのですよ! これを喜ばずして、いつ喜ぶというのです?」
「アルチュス、もうあの女のことは忘れろ!」
 だが、ジャン5世は顔をしかめると、冷ややかにそう言った。
 未だに幼い頃同様「アルチュス」と呼ばれている弟は、その態度に目を丸くした。
「兄上、本当に母上と縁を切られるおつもりなのですか?」
「もう既に切れたものだと思っておる」
「兄上………」
 その言葉に、パリから馬で駆けつけた弟は、肩を落とした。
「分かりました………。リシャールにもそのように伝えればよろしいのですね?」
 アルチュールがパリに置いてきた、まだ8歳になるかならないかの弟の名を口にすると、ジャン5世は頷いた。
「そうだ。もうあの女のことを母親だと思うなと強く言ってきかせておけ!」
「はい………」
 アルチュールが肩を落としたままそう返事をすると、流石に哀れに思ったのか、ジャン5世は優しい口調になって続けた。
「まぁ、そう気を落とすな。あの女の代わりに、じきに新しい家族が出来ると思うからな」
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