アルチュール・ド・リッシモン

淫乱王妃イザボー

「良いのだ! あのような私よりデカい女など、興味無い!」
 顔をしかめながらそう叫ぶルイの母、イザボー・ド・パヴィエールは、ドイツ貴族出身の女であった。それゆえ、女の割に背が高く、骨太で、グラマーであった。
 母からして大柄であったというのに、その母程まだ大きくも無い妻のマルグリットを「大きい」と言ってルイは嫌ったのだった。
「又、王太后様の所に行かれるのですか?」
 そして、マルグリットを避けて行くのは、実の母のところであった。単にマザコンだったのかもしれないが、遊興にふける母と共に遊びたいだけかもしれなかった。
「母上のサロンは、教養を深めるのにはもってこいだ。お前はそう思わんのか?」
「まぁ、確かに色んな芸術家は出入りしておりますが………」
 流石に「イザボーの情夫も日によって異なる」とは言えず、ピエールは視線を落とした。
「それに、一度は行ったこともあるのだぞ。あやつの部屋に。だが、いきなり偉そうに『もっと早く来られるべきでしたわ』とぬかしおったのだ!」
 そう言うと、ルイは鼻で笑った。
 彼の方は、まだ12歳といえど、恋愛の1つや2つ、既に経験があったし、女だって知っていた。
 が、マルグリットは違う。3年前のフィリップ豪胆公の死をきっかけにアルチュール・ド・リッシモンと出会い、彼に一目惚れされて、ずっと崇拝する瞳で見られてきたものの「良いお友達」であり「単なる幼馴染」でしかなかった。彼女は生まれてすぐ、未来の王太子妃になるのだと言われて育てられ、実際1歳という幼い時にルイの兄と婚約させられていたので。その彼が8歳という若さで亡くなったので、次に王太子になったギュイエンヌ公ルイと婚約したのだった。「自分はいずれ王太子妃───ひいては王妃になるのだ」という想いが強かったので、それ以下の身分のものと必要以上に親しくなることなどなかった。その想いが、夫であるルイの前でも出てしまったのだった。
 あるいは、単に「初めての夜」に対する期待と恐怖が入り混じり、虚勢をはっただけかもしれなかったのだが、ルイにはそこまで思いやることすら出来なかった。単に二人は、相性が悪かったのかもしれない。
 加えて、この頃のイザボーは、オルレアン公ルイと不倫の関係にあり、ブルゴーニュ公とは仲が悪かったので、息子に悪口を吹聴していたのかもしれない。
 ベリー公ジャンは、オルレアン公とフィリップ豪胆公の仲を一度とりもとうともしたがうまくいかず、1407年に暗殺されてしまう。暗殺したのはジャン無畏公と目されているが、後にイザボーは彼とも関係を持ち、それがゆえに「淫乱王妃」と呼ばれ、後の歴史家から「フランスは女(イザボー)によって破滅し、娘(ジャンヌ・ダルク)によって救われた」と言われるようになる。
 息子ルイを操る母イザボーとは、そのような女であったのだった───。
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