アルチュール・ド・リッシモン

マルグリットの都落ち

「まさか、この私がパリから追い出されてしまうなんてね………」
 サンジェルマン・アン・レーに馬車で送られる途中、一息ついた街道脇の木陰で、マルグリット・ド・ブルゴーニュ、名前だけのギュイエンヌ公夫人はそう言うと、ため息をついた。
「何がいけなかったのかしら? もう少し優しく、従順な態度をとっていれば、こんなことにはならなかったのかしら?」
 馬車から降り、木陰で軽食をとっている彼女の傍らで、アルチュール・ド・リッシモンは困った表情でシードルを飲んでいた。
 彼は、ベリー公ジャンを介して王太子ルイと顔を合わせ、何故か気に入られてしまって、その妻の護衛としてついてきていたのだった。
「私はまだ結婚しておりませんので夫婦のことは分かりかねますが、王妃様が大人しくなられれば、状況は変わってくるのではないでしょうか。恐らくブルゴーニュ公も既に動いておられると思いますので、今しばらくのご辛抱かと存じます」
「確かに、お父様が私の状況をお知りになられれば、激怒なさると思うわ。馬鹿にされた、とね。でも、それでも、パリを後にしてしまった後では簡単に戻れないと思うの。違う?」
「それは………」
 アルチュールもその通りだと思ったが、流石にそのまま口にするのははばかられた。
「まぁ………愛人が他に何人もいるのは当然だと思っているの。お父様や弟のフィリップでさえ、そうなんですもの。だから、結婚してもすぐ愛されなくても辛抱しなくちゃと思っていたのだけれど、まさか田舎に送られてしまうとはね………。そんなに初夜での口のきき方が悪かったのかしら………」
 マルグリットはそう言うと、ため息をついた。
 一方、横で聞いていたアルチュールは、憧れの女性の口から出た「初夜」の言葉に打ちのめされ、シードルの瓶を持ったまま固まってしまっていた。
「ねぇ、アルチュス?」
 そんな彼は、マルグリットにそう呼ばれて、ようやく我に返った。
「は、はい、ギュイエンヌ公夫人! 何でしょうか?」
「嫌だわ、聞いてなかったのね?」
 マルグリットはそう言うと寂しげに笑ったが、実際「初夜」という言葉のショックで他の単語が耳に入ってこなかったのだから、しょうがない。
「申し訳ありません、ギュイエンヌ公夫人」
「まぁ、いいわ。あなたとは小さい頃からの知り合いだし、何でも話せる間柄ですもの。正直、あなたが同行してくれて、ほっとしているし」
「それは………良かったです………」
 アルチュールがそう言って作り笑いを浮かべると、マルグリットはその手を取った。
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