アルチュール・ド・リッシモン

マルグリットの「お願い」

「ギ、ギュイエンヌ公夫人! な、何をなさるのですか!」
 驚いて真っ赤になるアルチュールの薄緑色の瞳を真っ直ぐ見つめると、マルグリットはその手を握ったまま続けた。
「あなただからこそ、お願い出来ると思っているの。だから、パリの様子を教えてちょうだい!」
 「夫人」というものは、結婚してから恋愛するものだと聞いていたアルチュールは、自分にもその機会がめぐってきたかと舞い上がったが、彼女は思っていたよりずっと身持ちが固かった。
「パ、パリの様子………ですか?」
 それが暗に、彼女の夫であるルイ・ド・ギュイエンヌの動向をも含んでいることは、わざわざ聞かなくても分かった。
「………承知致しました………」
 こんな目に遭わされながらも夫を心配するマルグリットの健気さに胸が痛んだが、だからこそ、自分くらいは力になってやらねばと思い、気付くろアルチュールはそう答えていた。
「ありがとう! あなたならきっとそう言ってくれると思っていたわ!」
 そう言うと、マルグリットはギュッと自分の小さな両手で自分より少し大きなアルチュールの手を握り締め、目を輝かせた。
 アルチュールは、彼女のこのキラキラ輝く瞳が大好きだった。
「いえ、私でお役に立てるのであれば、いつでもおっしゃって下さい」
「ふふ。今の所は、パリの様子を時折手紙で知らせてくれるだけで充分よ」
「服や宝石などは要りませんか?」
「あら、そんなものを買ってくれるというの? でも、お金をどうするつもり? あなたって、一応領地を持ってはいるものの、どれも名前だけなのでしょう?」
「はい………」
 マルグリットの指摘通り、彼はその名の「リッチモンド伯」も持っていたが、兄のジャン5世とは違い、その領地だけで生計が立てられるどころか、収入は0であった。
 兄のブルターニュでさえ、15世紀には貴族、司祭共に貧しく、レンヌの議会に言って盾を壁にたてかけ、平民になることを示した、と記録が残っているので、決して豊かとはいえず、倹約に努めていたという。
< 21 / 67 >

この作品をシェア

pagetop