アルチュール・ド・リッシモン

アルチュールの片思い

「ふふ、気持ちだけ頂いておくわ」
 少しの間だけとはいえ、アルチュールとその弟リシャールとも同じ屋敷で暮らしたことのあるマルグリットは、全て分かっていると言いたげな表情でそう言うと頷いた。
「すみません! いつか、そのうち、きっと………!」
「いいのよ、アルチュス、気にしないで」
 マルグリットはそう言うと、余裕の笑みを見せた。
 名前だけの妻といえど、一応王太子の妻にして、ブルゴーニュ公の娘でもあったので、金には不自由していなかった。だからこそ出来た笑みだったのかもしれない。
 一方のアルチュールはというと、自分の名ばかりの「リッチモンド伯」という事実を改めて突き付けられ、自分の行く末に不安を感じ始めていた。
 マルグリットのことも心配だが、今や彼女は王太子の妻。私は自分の将来のことをまず考えねばな………。生計が立てられる程度の領地をどうやって得るべきか………。やはり、戦で手柄を立てるしかないか………。
 そんなことを考える彼の表情は、いつしか難しいものになっていたが、何を考えているのか分かっているマルグリットは何も言わずにチラリと彼を見ただけだった。
 実際、彼が生計を立てられるようになるのは、これから約10年以上先の1425年10月のシャルル7世とブルゴーニュ公達のの同盟締結後のことなのだが、まだこの時はそんなことなど思いもしなかったのだった。

 大人になるのを待ち望んでいた人物は、海のむこうにもいた。後のヘンリー5世こと、ハル王子であった。
 アルチュール達の母ジャンヌ・ド・ナヴァールと再婚したヘンリー4世とその前妻、メアリー・ド・ブーンの長男として生まれた彼は、今から約14年程前の1398年に父のヘンリー4世がリシャード2世(黒太子エドワードの息子)によりフランスに追放された後、そのリチャード2世に引き取られ、王宮の中で丁重にもてなされながら育てられた。
 翌年には父がイングランドに戻り、そのリチャード2世を倒して即位するも、4年後にはオワイン・グリンドウールの乱が起こる。
 ハル王子はこの時、自分の軍を率いてウエールズに向かい、父と合流して戦果を上げている。
 ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヘンリー4世』の一部や二部では、自制心に欠けた王子として描かれているが、そんな彼もこの時には既に25歳になっていた。
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