アルチュール・ド・リッシモン

ジャン無畏公倒れる

「賢いお方なら皆まで言わずとも、お分かりでしょう。殿下も先程仰せの通り、王妃様は私の愛人の『一人』にすぎません。まぁ、逆に、私も王妃様の愛人の一人にすぎないわけですが……」
 そう言うと、ジャン無畏公はちらりと王太子シャルルを見た。
「そなた……私の父親が今の国王ではないと申すか!」
「そこまで申しませんが、そういう噂があるとは聞いております。女は男と違い、おなかの子の父親が誰なのか分かると申しますし……」
「まさか、母上がそなたにそんなことまで申したのか!」
 そう言う王太子シャルルの顔からは、見る間に血の気が引いていった。
「殿下!」
 そんな彼の傍らにいた側近の青年が、そう叫んで駆けより、今にも倒れそうな王太子を支えた。
「フン! 何たる弱さだ!」
 だがジャン無畏公は反省するどころか、鼻を鳴らしてそう言った。
「貴様っ! 王太子殿下に対して、何たる無礼を!」
 王太子シャルルを支えていた青年はそう言うと、腰に下げていた剣を抜いた。
「何だ? 私に剣を向けるとは、正気か? 私はその者の母の愛人なのだぞ!」
「何と言うことを!」
 王太子シャルルの側近、タンギ・デ・シャテルが青い顔でそう叫んだ時であった。剣を抜き、ジャン無畏公に向けてはいるものお、それを振り下ろせずにいた彼の目の前で、ジャン無畏公がゆっくりと倒れたのは。
「えっ……?」
 ゆっくり倒れたジャン無畏公を見ながら王太子シャルルとシャテルが目を丸くしていると、その背後からシャテルの部下が姿を現した。その手には鎚矛が握られ、それにはべっとりと血がついていた。
「ブルゴーニュ公!」
 その地を見てはっと我に返った王太子はそう叫ぶと、彼に駆け寄った。
 が、彼はうっすら目を開け、何か言おうと口を開いたが、すぐグッタリしてしまったのだった。

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