アルチュール・ド・リッシモン

ジャン無畏公死す

「おい、ブルゴーニュ公、しっかりしろ!」
 王太子シャルルはそう叫びながら彼の体を揺すったが、彼が再び目を開けることはなかった。
「なんてことをしてくれたんだ、お前は!」
 タンギ・デ・シャテルはそう叫ぶと、まだ若い部下の横っ面をはり倒した。
「で、ですが、あれ以上王太子殿下のことを侮辱されるのは……」
「確かに、許しがたい行為ではある。だが、お前よりお傍近くに仕える私でも耐えたというのに、何故お前が自分を抑えなかったのだ!」
 そう叫ぶと、タンギ・デ・シャテルは再び部下を殴ろうとした。
「やめよ! その者を責めたところで、ブルゴーニュ公は生き返らぬわ!」
「それは、確かに……。では、どう致しましょう?」
 シャテルのその言葉に、王太子はちらりと動かなくなったジャン無畏公の体を見た。
 体は動かなくなり、背中などから出血しているが、着ているものは上等な一級品の毛皮のマントであった。
 それに対し、王太子シャルルはというと、一応絹のシャツを着ていたものの、そんな上等なマント等羽織っていなかった。
 父が狂い、母は男遊びで、よそで贅沢三昧。そのような状況で、名前だけの王太子である彼が使える金など、ほとんど無かった。
 彼には、側近と呼ばれる同じ年位の騎士達が数人ついていたが、貴族の次男や三男以下の子息である彼らさえ、王太子と同じようなみすぼらしい恰好であった。
 だからこそ余計、王にも勝るような贅沢な上着を着ていたジャン無畏公に反感を覚えたのかもしれなかった。
「どうもこうも、母上を囲うだけでなく、こんな贅沢なものを着ておるのは許しがたい! まだそんなに寒く等なかろうに!」
 そう言いながら王太子シャルルが毛皮のマントを取ろうとすると、タンギ・デ・シャテルが慌ててそれを止めた。
「おやめ下さい、殿下! 死人の衣服を取るなど、それでは追いはぎと変わらぬではありませんか!」
「追いはぎ……」
 その言葉にショックを受けた王太子は、マントを掴んでいたその手を放した。
 ドサリとジャン無畏公の遺体が地面に落ち、当たった所から出血して、マントと地面を赤く染めた。
「とにかく、ここをすぐ立ち去りましょう。遺体は出来るだけ綺麗にして屋敷に届けさせますので……」
「うむ、そうだな……」
 そう言うと、王太子シャルルはジャン無畏公の遺体から離れた。
 目が虚ろで、足取りもフラフラしており、まるで夢遊病者のようであった。
 だが、彼にとって厳しい現実は、これから始まるのであった──。
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