アルチュール・ド・リッシモン
9章 ブルターニュ公ジャン5世拉致

罠にかかったジャン5世

 アルチュール・ド・リッシモンに同情している侍従のジョンとて、自分を幽閉しているヘンリー5世がつけた者。アルチュールが「幽閉されている」という事実には変わりなかった。
 フランス王家には嫌気がさしているものの、自由にならない幽閉の身も嫌だった。本当は、ここから一秒でも早く逃げ出したかった。
 が、同じ王宮には実母のジャンヌ・ド・ナヴァールもいる。王宮のどこか一室に捕らわれ、そこからほとんど出れないという状況と、それでも母がまだ存命であるということはわかっていた。「どの部屋か」という特定までは出来なかったが。
 アルチュールがロンドンで幽閉されて、早4年。その間に侍従のジョンとも親しくなったが、ヘンリー5世がつけた者だけあって、イングランドに忠実で、さすがに母の情報までは教えてくれなかった。
 単に知らされていなかっただけかもしれないが。
 いつか、必ずここを出てやる! フランス王家は頼りないし、信用も出来ないが、あんな残虐行為を平然とやってのけるようなヘンリー5世に忠義を尽くしたいとも思わない! 出来ることなら私は、個人ではなく「フランス」という国に忠義を尽くしたい! ──これまでいろんなことを経験してきて、アルチュール・ド・リッシモンはひそかにそのような考えを持つようになっていた。「個人ではなく、フランスという国に忠義を尽くす」という考え方は、この時代ではかなり進歩的な考え方であったと言える。

 そんなアルチュールの密かな決意を、フランスのブルターニュ公でもあるジャン5世は知らなかったが、モントロー橋事件のことや、弟と母がイングランドに捕らわれていることから、王太子とは距離をとっていた。
 ──そんな中、事件は起きた。
 モントロー事件から約半年後の1420年2月12日、ジャン5世と先代のころから犬猿の仲であったパンティエーブル家から和解のために狩猟を催すので来てほしい、と招待を受けたのだった。
 ジャン5世を招待した母のマルグリット・ド・パンティエーブルは、彼らがまだ幼い頃、後見人を頼まれた父に彼らの殺害を提案した人物であったのだが、当時長男ジャン5世でさえ11歳という若さであったので、そんなことなど知る由もなかった。
 だからのこのこ出向いていき、捕らわれてしまったのだった。弟のリシャールと共に。
『ジャン5世、リシャールと共に、パンティエーブル領内のシャントソー城に幽閉される』──ジャン5世の妻、ジャンヌ公爵夫人からの手紙を見て、アルチュールは血相を変えて、ヘンリー5世に面会を求めた。
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