アルチュール・ド・リッシモン

ジャン5世の拉致

「パンティエーブル家が犯した悪事をたださんがため、私をフランスにお遣わし下さい!」
 鬼気迫る表情でそう言うアルチュール・ド・リッシモンに対し、ヘンリー5世は冷ややかな表情で首を横に振った。
「ジャン5世殿はそなたの兄君であるし、私の義理の母上の長男でもあるから助けてやりたいが、今、その為に軍を動かす訳にはいかぬ」
「なぜです! 兄は卑劣な罠にはまっただけなのですぞ!」
「それは分かっておるが、その為に軍を動かして今、フランスを刺激するのは賢明ではない」
 冷静にそう言うヘンリー5世に対し、アルチュールは怒りで顔を真っ赤にして詰め寄った。
「ですから、なぜなのです! 今まであんなにフランスの領土の返還と王位を要求され、ノルマンディーまで行かれたのではなかったのですか!」
 アルチュールの言う「領土の返還とフランス王位の要求」とは、アルチュールが捕らわれるアザンクールの戦いより約1年前のレスター条約締結後すぐ、ヘンリー5世が行ったことであった。
「あの頃とでは、状況が変わったのだ。戦など起こさずとも、王位は勝手に転がってこよう」
 その言葉に、今まで興奮して耳まで真っ赤にしていたアルチュールの顔からみるみるうちに血の気が引いた。
「それは、まさか……」
「カトリーヌ姫との縁談が進んでおる」
 そう言うと、ヘンリー5世はにやりとした。
「なんと……」
 ヘンリー5世の執務室の大きな机の前で、アルチュールががくりと膝をつくと、ヘンリー5世はそんな彼を見下ろしながら続けた。
「婚儀となると、そなたの兄上とも妻を通じて、義理の兄弟となる。悪いようにはせぬゆえ、しばし待て」
 ……そんなにを待っていては、いつになるか分からん! 下手をすれば、兄とリシャールは、パンティエーブルの奴らに殺されるかもしれん! なんとかせねば!
 そう思ったアルチュールは、すぐさま自分の部屋に戻ると、シャルル王太子に手紙を書き、パンティエーブル家への裁判を要求した。
 が、王太子からは何の音沙汰も無かった。
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