アルチュール・ド・リッシモン

オルレアン公ルイ

 オルレアン公ルイ。1380年に亡くなった先のフランス王シャルル5世の息子で、この年28歳になったばかりの青年であった。
 血筋からいうと、国王の弟ということで権力を持ってもおかしくはなかったのだが、そのシャルル5世が亡くなった時、まだ6世に即位したシャルルは12歳という若さだったので、オルレアン公とて子供であった。
 結局、国王の補佐には、アンジュー公ルイ、ベリー公ジャン、ブルゴーニュ公フィリップら叔父が「摂政」という形でつき、オルレアン公ルイは入る余地などなかったのだった。
 そんな彼ら兄弟も1388年になると、国王シャルル6世が20歳になり、自ら国政に携わるようになったのだが、4年もしないうちに精神が不安定になり、再び叔父達が摂政として政治の表舞台に立つようになったのだった。
「きえーっ! 許さぬ、許さぬぞ!」
 たまに病状が落ち着き、普通に政務がとれるようになったりもするものの、シャルル6世はそんな奇声を上げ、訳の分からないことをさけんでは、近くにある物を窓から投げ捨てたりしていた。
「陛下のあの状態を見て、他国の者と謁見出来るとお考えですか、兄上?」
 不愉快そうな表情のまま、豪胆公フィリップがそう言うと、ベリー公ジャンも苦笑しながら首を横に振った。
「思わん。諸外国に見くびられ、要らぬ火種を起こしかねんな」
「でしたら………!」
「いや、だからこそ、オルレアン公ルイとの協調が必要であろう」
「甘い! 甘すぎですぞ、兄上! 相手は、あの陛下の弟なのですぞ! 同じようにあの女の血を引いておるのですぞ! いつ陛下と同じ病状に陥るとも限らぬではないですか!」
 豪胆公が言う「あの女」とは、亡きシャルル5世の妃、ジャンヌ・ド・ブルボンのことであった。
 彼女は、夫の亡き後もしばらく生きてはいたが、末の子供を産んだ辺りから奇声を発して暴れるようになり、塔の奥に監禁され、人目につかぬようにされていたのだった。
 豪胆公達が話をしているこの頃には、既に亡くなっていたが、その息子も同様に狂う様子を見ている者としては「これ以上危うい者を増やしたくない」と思うのも当然といえば当然であった。
「確かにそうだが、その原因も近親婚だと聞く。だとすれば、いつ我々の身に怒ってもおかしくは………」
「我が家系にそのような者など出ておりませんぞ!」
 はっきり大声でそう言う豪胆公に、ベリー公はため息をついた。
「何もそのように声を荒げずとも………。大体、オルレアン公ルイとて、我らの血縁なのだぞ?」
「親戚ではありますが、そこまで近くはありませぬ! 大体我らの母はボンヌ・ド・リュクサンブールであって、あの女とは関係無いのですし!」
「それはそうだが………」
 「最後の中世人」と言われた亡きフランス王ジャン2世とその王妃ボンヌの間の子、ベリー公ジャンはそう言うと、ため息をついた。
「分かった! 分かったから、もうこの話はここではするな! 折角の目出度い席だし、この子達も驚いておるしな!」
 ベリー公ジャンのその言葉に、フィリップ豪胆公は喪わず幼い三兄弟を見た。
 気付けば、彼らは黙って二人を見ていた。澄んだその瞳を好奇心で輝かせて。
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