強引同期と恋の駆け引き
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あの日も、急に頼まれた翌日の資料作成で、独り、残業をしていたときだった。
なにやら難しい顔で戻ってきた久野が、両手一杯にぶる下げていた紙袋をどさりとデスクに置くと、コピーした資料に手を伸ばして綴込みを手伝ってくれる。
「ありがと」
ごく当たり前のように手を貸してくれた彼にお礼を言ってから、紙袋の中を覗きこんだ。
「今年も大量だね」
パステルカラーのリボンがかけられたものから、シックな包装紙に包まれた存在感溢れるもの。中にはあきらかに手作りと覚しきものまで、バラエティーに富んだそれらの中身は、どれもチョコレート。
「欲しいのあったら、持ってっていいぞ」
「もらえるわけないじゃない。みんな、本命チョコなんでしょう?」
ちなみに我が社は社交辞令の贈り物は禁止。もちろん義理チョコも例外ではない。
以前、大量のチョコを甘い物が苦手な久野がどう処理しているのか、と聞いたことがある。
なんでも、ホワイトデーの準備を条件に、姉母娘がご丁重にいただいているらしいとのこと。
チョコを贈った彼女らの想いに応えるか否かは別として、律義にお返しをする辺りは、案外真面目なのかもしれない。
今年のチョコの中には、彼のハートを射るものが混じっているのだろうか。ふとそんな考えが浮かんで、ステープラーを握る手が止まっていた。
「四月に異動することになりそうだ」
「はっ?」
「北海道だと。まだ、雪が残ってるんだろうな」
ガチャンガチャンという音の合間に告げられた言葉を反芻する。北海道……。
「へぇ、いいじゃない。美味しいものがたくさんあって。向こうへ行ったら、ご当地限定のお菓子を送ってね」
そのときは、とっさに思いついたことを口にするだけで精一杯だった。
「――代引きで送ってやる」
久野は仕上がった書類を揃え心底嫌そうに言ってから、チョコの山に眼を向けていた。