強引同期と恋の駆け引き
「これで終わりか?」
「助かった。ありがとう」
「誰か、他にも手伝えるヤツがいただろうに。おまえばっかり、いつも押しつけられて」
「でもほら、今日は若いコたちには頼めなかったし、ね」
二十代にとってバレンタインは、まだまだ重大イベントのひとつだろう。そわそわと時計を気にしながら帰宅の準備をしている彼女たちには、とてもではないけど声がかけられなかった。
「片倉は誰かに渡さなくていいのか?」
「え? ああ、チョコね。うーん、人にあげるくらいだったら、自分で食べたいかな」
キラキラな特設売り場に足が向かなくなったのは、いつからだろう。
どんなに一生懸命選んでも、食べてもらえないのなら意味がないしね。……って、私は誰に渡すつもり?
思考の固まった私の頭の上で、ポンポンと二回大きな手が跳ねた。
「その考え方、おまえらしいな」
微苦笑を浮かべた久野と眼が遭うと、トクンとひとつ心臓が鳴る。その大きさに自分自身で驚いた。
こんな風に二人で軽口を叩き合えるのも、あと少しなの?
そう思い至れば、いままでと同じように規則正しくリズムを刻んでいるはずの鼓動が、ますます耳について離れなくなっていく。
突然に表れた自身の変化に戸惑い、ごまかすようにデスクの引き出しを探った。取り出したのは、常備食の一口チョコ。
それを鷲掴みにした手を久野の前に突きだして、不思議そうな顔で広げた彼の手の平にバラバラと落とした。
「そこにあるチョコの一粒で一袋買えちゃうようなもので悪いわね」
一粒何百円の高級チョコや想いを詰め込んだ手作りチョコに、とても敵うような代物ではないけれど。これはこれで、美味しいの。
「義理? たしか禁止だよな、ウチの会社。それとも、ほ――」
「と、友チョコよっ! それと、これのお礼!!」
目を眇めた彼の言葉を遮り、できたてほやほやの資料の束を課長の机の上に置いた。
「送別会は、盛大にやってあげるから。腐れ縁解消記念も兼ねてね」
言い置いて、煩い胸を押さえながら逃げ出すように室を出たあの日。私がアイツにチョコレートを渡した、最初で……たぶん最後のバレンタインデーになった。