桜の木の下に【完】

*

「まあまず、おまえの手を僕のに乗せろ」


三人の間で少し言い争いが起こった後、早く終わらせたいと思ったのか里桜が道真に言った。

彼は渋々といった感じで素直に乗せる。


「ほら、おまえもだ」


ぶっきらぼうに明月に言われ、彼女もまた眉間にしわを寄せたまま言われた通りにした。


「そしたらおまえらも手を繋げ」

「「え……」」

「なんだおまえら、そんなのもしたことなかったのかよ?両想いだったのに?道真おまえホントに男か?」


手を繋げ、と言われてボンと顔を同時に赤く染めた二人に里桜は呆れたようだった。

責められて道真はさらに頬を染め上げた。


「仕方なかろう!繋ごうと思うて掴んだら掴めなかった場合に私にどうしろと言うのだ!」

「は!?ありえねーありえねー。何せ両想いなんだから」

「それは結果論であろうに!!」

「あー、うるっせ!さっさとやれ!こっちの時間の流れと向こうは違うんだからな!」

「ちょっと!それどういうこと?」

「見た感じ、こっちはそんなに時間が経っていないようだが向こうはもう二日経ってんだ!待ちくたびれたっつーの!だから僕はこんなにイライラしてんだ!!」


神楽が俺たちを代表して聞いてくれたのはいいが、驚かずにはいられなかった。

俺も思わず聞いた。


「悠斗兄さんは起きたんですか?」

「……それは帰ってから自分の目で確かめろ。僕はこれから集中させてもらう」


いつの間にか、二人は手を繋いでいた。

それを見届けた里桜は目を閉じる。

その間、二人は緊張したように里桜を見つめていた。

俺たちも里桜の背中を見つめ続けた。

そして数秒経つと、急に道真が顔を歪めて苦しみだした。


「かっ…!くる、し…い……」

「道真っ」

「手、絶対に離すな!!」

「死んで、も…離さぬっ…!」


息ができないような感じで、大きく息をする道真。

首を手で押さえようと腕を上げたとき、鋭い里桜の声が響いた。

それを聞いて道真はこらえるも、その喘ぎはしだいに聞くに耐えないものになっていった。


「翡翠!」


全身に汗を流し始めた里桜が翡翠を呼ぶと、翡翠は繋がれた二人の手に両足を乗せた。

恐らく、二人の間の調和が上手くいっていないのだろう。

しばらくその状態が続くと、ガクッと道真が項垂れ前のめりに倒れこんだ。

それを幹さんがサッと動いて受け止めると、里桜も後ろに倒れこんで「ののが苦しんでなきゃいいが……」と呟いた。

……早く帰りたい。

その呟きを聞いて、俺は胸が苦しくなった。

そうだ、桜田が待っている。


「桃源郷だかなんだか知らんが、時間の流れが違うのは厄介だ……」


里桜は身体を起こすと額の汗を拭った。

真人の呼吸はしだいに落ち着き、明月は満ち足りたような顔で胸に手を当て目を閉じている。


「じゃあ帰るか。やることやったんだし」


直弥がさっさと立ち上がった。

きっと、悠斗兄さんのことが気になって仕方ないんだろう。

神楽も腕を伸ばしてのびをした後にゆっくりと立ち上がった。

確かに長居は無用だ。


「こいつは俺が担いで行くから平気だ」


俺が幹さんを手伝おうとすると断られてしまった。

手持ち無沙汰を隠すために、俺は疲れた里桜に手を貸して立ち上がらせた。


「………ありがとう」


明月は俺たちにそうお礼を告げると、ポタリと涙を流した。

そのときになってようやく、この人を敵じゃないと認識した。

本当はいいやつなんだということも。


「さて、帰るか」


俺もそう呟いて直弥たちの後を追った。

門をくぐって庭園に戻ると、大蛇がまだ水浴びをしていた。

そしてその近くには、案内してくれた男の子がいた。

悠斗兄さんに目が似ているという、あの子に。

男の子は俺たちに気づくとぺこりと頭を下げた。


「話はついたようですね!良かったです」

「おまえは…なんだ?」


里桜が眉間にしわを寄せて男の子に聞いた。

なんだ、とはいったい…?


「僕ですか?僕は誰でもありません。強いて言うのであれば、母様が作り出した偶像に過ぎません」

「母様?明月のことか?」

「はい!彼女の想像から生まれました」

「そう言えば来たときは、父が喜ぶって言ってなかった?」


神楽が聞くと、男の子は満面の笑みで答えた。


「はい、そうです!」

「それって…道真のことよね?」

「そうです!ねえ、父様」


俺たちの後ろに向かって男の子が言うものだから振り向いてみると、そこには男が一人立っていた。

「道真…」と、里桜が呟く。

この人が…本当の彼の姿なのか。

俺はその姿を見て泣きたくなった。

悠斗兄さんに、そっくりじゃないか……


「お見送りぐらいはせねば、と思って参上した」

「その心遣い、感謝する。だが、これはどういうことだ?」


幹さんが問いかけると、道真はクスクスと上品に笑った。

これが本当の…彼なのか。


「彼女はこの子の存在には気づいておらぬ。無意識から生み出された幻影に過ぎぬのでな。彼女は自分の子供が欲しかったのであろう…私との子を。それを認めるのが怖かったのだが、彼女に取り込まれてさらにその想いの丈を知った。これからはそれと向き合おう」


彼は男の子の頭に手を乗せながら言った。

彼の男の子を見つめる目は、親のそれと同じだった。

彼は確かに、ここに存在する。

それは、精神の分離が成功したことを意味していた。


「もう二度とその顔見たくねーよ」

「恐らく二度目はなかろう。ここは確かに…桃源郷なのかもしれぬな」

「厄介だっつったろ?向こうのが早いってことは、僕が疲れてんのは一瞬でも、向こうにいるあいつが何時間苦しんでるかわかりゃしねー」

「ふふふ…里桜も気遣えるようになったか」

「うるせっ!」


帰ろう。きみのもとへ。

父と子に見送られながら、俺たちは帰るべき場所に戻った。
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