桜の木の下に【完】

「健冶、やーらしい」

「バカ、静かにしろ」


直弥がにやにやとこちらを見てきたから、ぴしゃりと黙らせた。

また中を見てみたが、あの女の子の相手はどうやら彼女の知り合いではないらしい。


「折り紙しようよ」

「折り紙なんて…あたしは戻らなくちゃいけないのに」

「お父ちゃんが良いって言ってたからヘーキだよ」

「あたしは……」

「ハイ、鶴だよ」

「だから、あたしは!」

「……だって、一人ぼっちで寂しそうだったんだもん。一人ぼっちより、二人ぼっちの方が楽しいよ?ののは楽しいもん」

「のの……?」

「そう、桜田ののだよ!神楽ちゃん」

「なんであたしの名前……」


少し押されぎみだったあの子は、そこで初めて顔を上げた。

目の前には満面の笑みを浮かべた女の子。

その小さな手のひらには赤い折鶴が乗っている。


「お父ちゃんに教えてもらったんだ。あとね、神楽が可哀想だって言ってたから、ののがあそこから連れ出したの。ののといれば大丈夫だから!」


女の子の言葉はよくわからなかったが、あの子は何かを感じたのか新しく折り紙を取りだし、見よう見まねで一緒に遊び始めた。


「ええ、折り紙やったことなかったの?」

「そう。あたしはいつも一人だから」

「なんで?」

「それは……」


子供の言葉はときに救いとなり、ときには残酷な刃にもなる。


「それは……」


あの子は言葉につまった。

その肩が小刻みに揺れている。

残念ながら、俺たちからは背中しか見えなかった。


「ムリに言わなくてもいいよ。今は一人じゃないし」

「でも、それでいいわけ?」

「いいも悪いもないけど、今はまだいいんだよ」

「は…?」

「よーし、紙飛行機できた!神楽ちゃんも作って競争しよーよ!」


「意味わかんない……」と呟きながらも、女の子の能天気で明るい空気にほだされたのか言動にトゲがなくなっていった。

これでもういいか、と思い直弥を連れてそこを後にし、また賑やかな部屋に戻った。 

でもそこはさらに酒臭くなっていて、俺はそれに耐えられず外に出ることにした。

直弥はまた眠りにつき、俺が出ようとしても気づかなかったから置いて行った。


「まだ、いるだろうか……」


やっぱりあの二人が気になってさっきの部屋を目指すと、曲がり角で知らない男がこちらに向かって歩いているのが見えた。

見つかったら厄介だな……

子供が一人でふらふらとしていれば戻されるに決まっている…はずなんだよな。

あの子は一人でも誰にも声をかけられていなかったけど。

少しだけ顔を出して動向を眺めていると、男はあの部屋があるところで曲がっていった。


「なんだ…?」


折り紙の子の父親か、それともあの子の父親か。

しかし、知らない男だった場合はマズくないか?

幼女が二人だけでいたら何をされるかわかったもんじゃない。

そう警戒しながら慎重に廊下を進み、部屋の前まで来ると今度は襖がきっちりと閉まっていた。

それは誰かが出入りしたことを意味している。

俺は唾を飲み込んで襖に片耳をつけた。


「………でいいか?」


話し声が僅かに聞こえてきた。


「あたしにか……場所なんてない」

「それなら、ついてこい。辛くても逃げ出せないが」

「わ…った。あたしは……げな……」

「よし。今日からもう来てもらう」


男のはっきりとした声と女の子の低い声。

あれが、幹さんと神楽の契約。

先代頭領が孫養子とした神楽は、あのときから暗部の一員になった。

身寄りのなかった神楽だったが、頭領と偶然の出逢いを果たし、その力を見込まれて養子となった。

しかし、神楽は力の大きさをひた隠しにしていた。

それは頭領に迷惑をかけないがゆえの遠慮。神楽はもうあのときすでに幻獣を従えていて、しかもその能力が子供が持つには難しいものだった。
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