桜の木の下に【完】

*神楽side*


あたしがまず見たものは、悠斗の体内に潜り込もうとしている無数の幻獣だった。その中に疾風が混じっていたから彼だと断定することができた。

疾風たちが最初は何をしているのかわからなかったけど、だんだんとわかってきた。

悠斗の身体には明月のつたが絡み付き、それの侵食を幻獣たちが防ごうとしていたのだ。

それが水瓶で見た映像の真実。それらの力の流れによって悠斗は踞り、苦しさに悶えているようだった。

あたしはのっちを明月から護る役目とともに、明月の消息、供給者の調査兼双子の監視などの命令が下されていた。

水瓶の映像がどのぐらい古いものなのかはわからないけど、その建築物の場所が変わることはないと思い、単独で行動に出た。

兄があんな状態になっているのだと知れば弟たちは黙っていないだろう、と考えて三人にはこのことは秘密にしたまま家を出た。

のっちの護衛は双子の仕事でもあるしね。皆出払っちゃったらバカみたいだ。

家を出るときにたまたま直弥に見られたけど、ざっと説明だけしてその場を去った。

わけわかんない方が人間って考えて行動できないし。アホでも追い掛けて来られないように仕向けた。

追ってきていないことを確認した後、水瓶の映像にあった家を探し当てたら表札に「穂波」とあって驚いた。それは皆同じく驚いたと思う。

その二階はカーテンがきっちりと閉められていて中を見ることはできなかった。まあ、早朝に侵入しようとしてたんだから当たり前っちゃ当たり前だけど。

これじゃあ中に人がいるかどうかわからない、と思って他の窓を確認してみると、二階の小さな窓が開けっ放しになっていた。

覗くとそこはトイレで、あたしの体型でやっと通れるぐらいの狭さだった。

音をたてないように慎重に忍び込むと、幻獣の気配を感じられた。でも、明月のものではなく翡翠のものだったから安心した。

ということは、加菜恵さんはここにいる。

でもおかしい。校長の幻獣の気配がない。

留守なのだろうか、と思って校長の部屋の前まで来てドアを開けようとしたら鍵がかかっていた。

あたしは思わず舌打ちをし、起きてくるのを待つことにした。それまでは二階にあった別の部屋で息を潜めた。

仕事部屋なのか、パソコンやたくさんの書物があり、小さい部屋ながらも情報がたくさんありそうだった。

パソコンの置かれている机の上にあったプリントを見ると、細かい文字がびっしりと並んでいた。

それを目で追って行くうち、あたしは鳥肌が立ってきた。

"神経系に効く毒の処方"

あたしは夢中になってそれを読んだ。専門用語ばかりでよく読み込めなかったけど、目に異常を来す毒薬のところに蛍光ペンで線が引かれているのを発見した。

あとは、身体の痺れを起こす毒にも引かれていた。

あたしは震えを抑えきれずに、プリントを床に落としてしまった。

健冶の例にぴたりと当てはまる……

その後は他に爪痕はないかと探し回った。

なんでもいい、証拠になるものはないかと探したけど結局見つからず、十分な証拠を手に入れることができなかった。

そのうちに一階から物音が聞こえてきた。どうやら加菜恵さんが起きたらしい。

二人で寝ていないことを不思議に思ったけど、今日はたまたまかもしれないと思って変に勘ぐるのはよしておいた。

あたしは耳をすまして校長の部屋のドアが開かれるのを待ち、やっとそのときがきた。

ガチャ、と鍵が開く音を聞き、階段を下りていく足音を確認してしばらく経ってからそっとその部屋から抜け出した。

素早く移動して静かに部屋のドアを閉めた。振り向くと、きっちりとカーテンの閉められたなんの変鉄もない部屋が広がっていた。

水瓶で見た通りの部屋だと確認して机の引き出しを開けると、そこは空っぽだった。

あたしはそれに焦って至るところを探したけど、見つからないことにさらに焦って気がつかなかった。

校長がすぐあたしの背後にいたことに。

後頭部を殴られた、と思ったらもう気絶していたみたいで、次に起きたらここにいたんだ。
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