金曜日の恋奏曲(ラプソディ)




わいわいがやがやと集まって固まり出す人の間を通り抜けて、私はりっちゃんの席へ向かった。



りっちゃんの背中がなんだか小さく見えて、動悸が早まる。



これから言うことを、もう一度脳内で確認する。



取り繕ってもダメなんだと分かっているなら…私のありのままの言葉を伝えよう、と。



手を伸ばせば届きそうな距離まで来て、私はごくりと喉を鳴らした。




「りっちゃん。」




なるべく、なるべくいつも通りを心掛けたけれど、残念ながらというかやはりというか、上ずった声が出た。



りっちゃんが微かに、顔を上げる。



でも、私の位置からその表情を窺い知る事は出来ない。



目が泳いだ。



動揺が、空気を震わす気さえした。




「…金曜日は、ごめん。」



騒音の中にあってなお、私の言葉だけがぽこんと存在感を確かにする。



私は、躊躇いがちに続けた。




「私の完全な八つ当たり、だったと思います。…なのに、なかなか素直になれなくて、ごめんなさい。」




緊張が、語音に揺れる。



りっちゃんの下ろした長い髪が、一房肩から流れ落ちた。



心臓が繰り返し、私の胸を内側から小突く。



やがて、りっちゃんがゆっくりと振り返った…





「…もう、遅いよ。」




真面目な顔で、りっちゃんは言った。




えっ…。




頭が真っ白になる。



でも、次の瞬間、りっちゃん下を向いて、フッと笑った。



「…嘘。私もごめん。
琴子のこと分かってなかったし、厚かましいし、恩着せがましいし…そりゃ嫌になるよね、て反省しました。」



りっちゃんが、ごめんなさい、と頭を下げる。



「…いや、そんな…!」



私はりっちゃんに顔をあげるよう促した。



今回のことは、どう考えても私が突っかかったことが原因だ。



りっちゃんは、顔をあげて私を見ると、目を細めて笑った。



私も釣られて笑顔になる。



「…食べよ食べよっ!」



りっちゃんは、机の上から自分のお弁当を取って明るく言った。



「ほら琴子も早く。」



言いながら私の背中を押す。



私は、わわわ、なんて言いながら、歩き始める。





…りっちゃんは、お弁当食べないで待ってた。



…私が謝りに来ることを信じて、ずっと待ってた。



朝からずっと、私がいつでもりっちゃんに声をかけられるように、気を使っていたのかな、とか。



考え過ぎかもしれない。



だけど、もしそうだったら、確かに私は『遅かった』だろう。



…そういう意味で、言ってたのかな。



分からないけど、とりあえず。




…りっちゃん、好きだなぁ。




そう思って、頬が緩んでしまったのは、ここだけの秘密。






< 107 / 130 >

この作品をシェア

pagetop