金曜日の恋奏曲(ラプソディ)



その後は、また以前の「いるけどいない」存在だった頃と同じように、それぞれ自習をした。



でも私は、もう「いるけどいない」距離には戻れなくて、須藤くんの行動いちいちが気になってしまった。



分からない時に前髪をくしゃくしゃっとする仕草で、元々天パ気味の髪の毛が余計ぐちゃぐちゃになったりとか



手が乾燥してページがめくれずに焦っている表情とか



肘をついて英文(多分)を読んでいると、だんだん夢の世界に引っ張られていっちゃう様子とか



それを振り切るために伸びをするんだけど、その時目をつぶるとそのまま開かなくなっちゃう所とか



今まで髪の毛のカーテン越しに見ていた須藤くんのその行動全てが、前よりももっと恋しく思えて、前よりずっともっと苦しくなる。



でも、嫌ではないの。




…というか、こんなに色々見てたとか、やっぱり私最初から好きだったんだなって思った。



本当に…気づかないフリをしていただけだった。



数学のプリントをとりあえず今日やる部分まで終わらせて、合間合間で須藤くんを盗み見ていたら、もうあっという間に帰る時間が来た。



りっちゃんは先週私のことをすごく待たせたと思って気にしてるから、多分今日は早めに来る。



だから、私も早めに行こう。



そう思って、私はそそくさと片付けを始めた。



チラッと須藤くんがこちらを見たのを感じで、平静を装ったけど内心穏やかではなかった。



音が立つのは嫌。



須藤くんに、見られるから。



そうしたら、そんな時に限って何かを失敗してしまって、恥ずかしいから。



須藤くんに…変な子って思われたくないから。



あぁ、こんな所まで完全に、恋する乙女の思考だったなんて私…。




1度自覚したら、心は簡単に紐解けて、私の中の「好き」がぽろぽろと溢れ出てくる。


なんだか呆気ないような気もしてくるほどに。




私はスクールバッグを机の上に置いた。



後はもう担いで帰るだけ。



だけど、私は須藤くんの方を見て、躊躇って、それからしばらく迷った挙句、声をかけた。




「…じゃ、じゃあねっ」




時間が止まったような気がした。



須藤くんに向かって放った言葉は宙ぶらりんになって、空白の時は私を不安にさせる。



須藤くんは、ゆっくりと顔を上げた。



目をまんまるにして、私を見て、それから私のセリフが自分に向けられた言葉であった事を理解した瞬間ーーー







笑った。初めて。







はっきりとした2重の目は、笑うと目尻が下がって、凄く可愛い顔になった…。






「…また来週。」






須藤くんのあの声で、あの瞳に見つめられながらそう言われて、私の心は思いっきり鷲掴みされたようになった。



確実に、きゅっを通り越してギュッッてなった音がした。



フワフワと足が浮いたような感覚の中、ぼーーっとしたままの脳で、声にならない声のかわりに一生懸命手を振ったことだけを覚えている。



でも、その後は、どの道をどう行ってりっちゃんと会ったのか、何も覚えていない。



頭から須藤くんのあの笑顔が消えなかった。



あんな風に笑うんだって



あんなの反則過ぎるよって



そう思うほどに、体の内から愛しさが湧き上がってくるようで。





少し湿り気のある涼しい風が、火照った頬に気持ちよかった。





< 15 / 130 >

この作品をシェア

pagetop