金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
キィ…という音と共に、木製の扉を開ける。
心の準備はしていた。
ーーーしていた、はずだった。
須藤くんに見られるかも、と心の準備はしていたはずだったのに、実際にその瞳で見上げられると、心臓はドキッと飛び上がって。
須藤くんが、私を見てまた嬉しそうに微笑むものだから、余計に。
私もおずおずと笑顔を返して、後ろ手でドアを静かに閉めてから席に向かった。
心臓はずっと、バクバクいってる。
床にスクールバッグを置いて必要な物を取り出して、荷物を軽く整えてから椅子に腰掛けて、やっと一息ついた。
部屋には、沈黙が満ち足りていた。
遠くの方から、どこかの部活の走り込みの声が微かに耳に届く。
校庭の側からは、テニスボールを打つ音と威勢の良いホイッスル。
それから、同じ3階の音楽室から響く、吹奏楽部の奏でる繊細なメロディとか。
一層この部屋の静けさを際立たせる。
でも、私は今日この沈黙を破らくてはならない。
須藤くんに自分から声をかけるって決めたんだから…。
そわそわと落ち着かない様子で、何回か座り直した。
でも、以前口を開いた時に色々と恥ずかしかった記憶が、声帯を縮こまらせているようだった。
いざ喋ろうと口を開いても、無声の吐息は空に飲み込まれるだけ。
…タイミングも分からないし、なんと話しかけるべきかも分からない。
須藤くんのカリカリと書く音が、だんだん私を焦らせる。
これって、話しかけられて、何か言わなきゃいけないと焦るのに、声が出ないあの時と似てる。
焦れば焦るほど、喉の蓋はより固く頑なになって、それにまた、焦って。
でも、少し違うのは、今私は誰にも話すことを求められていないということだ。
全て任意で、もし話すことを諦めても、そのことに気づく人はいないということ。
それは、私が須藤くんに話しかけて仲を近づけようが、それとも諦めようが、私以外の誰も気にしなくて、選択は全て私自身にかかっているということ。
どちらでも、選べる。
弱い自分に流されて、このまま流れに身を任せてもいい。
そうすれば、恥ずかしい思いもしないし、傷つくこともない。
…でも、それは、頑張れば届くかもしれない未来を、自ら捨てるということで。
私は、どうしたい?
自分自身に、問いてみる。
私...私は
失敗するのが怖い。恥ずかしい。
.....でも、それよりも話したいって気持ちの方が大きい。
例え失敗しても
大丈夫、大切なのは頑張ってみようっていうその気持ちを持つことだから
って思い直して
次は出来るって
何度だって。
意を決して、ぐっと須藤くんの方を見上げて、声をかけた。
「「あの…」」
…二つの声が、響いた。