金曜日の恋奏曲(ラプソディ)



その後、2人とも続けていた勉強に戻った。



私はさっぱりとした気持ちになり、シャーペンの動きもどこか軽くなったように思う。



それでも、下を向いていても、視界の上の方にチラつく須藤くんの手や髪に、ドキドキせずにはいられない。



私の中には、いつもと同じ、矛盾した想いが湧き上がる。



もういっそ堂々と顔を上げて須藤くんを見つめてしまいたいような、でもこの状況が限界で、すぐにでもどこかへ行ってしまいたいような。



そんな2つの気持ちが、私を揺さぶってる。



上手くバランスは取れないけれど、でもその間の妥協点として、私はなるべく音を立てずに、たまにチラッて見たりしてる…。



と、私が調度チラ見していたタイミングで、須藤くんが顔を上げた。



心臓が、跳ねる。




「…あ、俺も質問していい?」




私は動揺したまま、コクコク首を縦に振った。



「...ここの、比較ってさ...。」



須藤くんが再び顔を寄せて、声を潜めた。



くぐもった声に、また体温が上昇する。



須藤くんの広げた教科書には、あの右肩上がりの文字で所々メモが書き入れてあって。



胸の奥から押されるような苦しさが、広がっていく。



こんなに近くにいるのに、なんでこんなに切なくなるんだろう…。



須藤君の期待に応えられるよう、私は一言も聞き漏らすまいとした。



「…えっと、多分、as~asの構文とany ohter 単数名詞っていうのが大体の基本の型だから...。」



ふんふん、と耳を傾けてくれている須藤くん。



ど、どうしよう、上手く伝えられてるかな...。



「あ、じゃあ、ここはこれが不可算名詞だからってだけ?」



須藤くんの目は、期待の光を帯びていた。



「そうそう!」



私も、須藤くんが理解してくれたことが分かり、少し興奮気味に声を上げる。



「なるほどー。」



須藤くんは、確かめるように問題を読み直した。



「凄い納得した。ありがとう。」



須藤くんがそう言って座り直して、私は笑顔で頷いた。



ホッとして、胸をなでおろす。



良かった…須藤くんの力になれたみたい。



私たちはまた何事もなかったように、それぞれの勉強に戻った。



そして須藤くんがおそらく教科書のページを捲って、瞬間、凄いスピードで手を引っ込めた。




「ッ…!」




声にならない声が聞こえた。



私は何事かと驚いて須藤くんを見る。




その時には既に、須藤くん右手の人差し指は須藤くんの口に含まれていた。




須藤くんの眉間には、皺が刻まれている。



「切った…。」



恥ずかしさと、呆れと、痛みが混ざったような笑顔で、須藤くんはそう告げた。





…心臓が、早鐘のように鳴った。





目線が、その口元に、どうしても奪われて、





指で形が歪んだ唇の奥に、舌が覗いて、




…って私ちょっときゃーーーー!





心の中で、自分に大絶叫だ。





いやいや待って色々だめでしょっ…!



あっという間に、顔に血が昇ってきて、私は思わず目線を逸らした。




どうしたものかと焦って辺りを見渡して、思い至る。




そうだっ、ポーチの中に…!



「わ、私絆創膏持ってるよ!」



カバンを探りながら、私は言った。



止血のためのポケットティッシュも一緒に取り出す。




「…え、まじで?」



須藤くんがこちらを見たのが分かった。


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