俺様御曹司と蜜恋契約
「商店街の跡地にはショッピングセンターが立つらしい」

今まで黙っていた父親が静かに口を開く。

「今日の説明会、葉山グループの副社長が来たんだがまったく誠意が見受けられなかった。俺たち商店街の住民の顔を一切見ずに淡々と説明するだけ。金なら出す。気に入らなければ希望の金額を出す、だとよ」

金の問題じゃねぇんだよ、と父親が苦しそうに顔を歪める。

「爺さんの代から続く食堂を俺の代で潰しちまうかと思うと…」

父親は震える声でそう言うと唇を固く結んだ。その唇も小刻みに震えていて、目尻にはうっすらと涙がたまっていた。そんな父親の背中を母親がそっとさする。

父の泣く姿を初めて見た私は思わず視線を下に落としてしまった。


森堂商店街に訪れた危機。


きっと両親だけじゃなくて同じ商店街にお店を構えるご近所さんたちもみんな同じくらいに不安な思いをしているはず。小さい頃からよく知っている彼らの顔を思い浮かべていると、ふと幼馴染のことを思い出した。


陽太は、どう思っているんだろう…。


うちの食堂の隣にある和菓子屋『佐々木庵』の息子である佐々木陽太(ささきようた)とは歳が同じということもあり小さい頃からいつも一緒にいた。

うちの食堂が忙しいときは陽太の家でご飯を食べさせてもらったり、陽太の和菓子屋が忙しいときはうちに泊まりにきたり。

陽太には小さい頃から実家の和菓子屋を継ぐという夢があって、高校を卒業してからは父親の下そのための修行をしていた。ようやく一人前だと認められてもうすぐ佐々木庵を継ぐ予定らしいのだけれど、森堂商店街がなくなってしまえばその夢も叶わなくなってしまう。


幼馴染であり長年の想い人でもある陽太のことが心配になった。


森堂商店街が再開発によって壊されてしまうかもしれないなんて。

突然知った事実に胸が苦しくなる。

その夜から私の頭の中は『どうしたら商店街を再開発から守れるのか』そればかりを考える日々になった。
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